ヤン・フスー教会の堕落に立ち向かった勇敢な宗教家

ヤン・フス (1370~1415年)

中世ヨーロッパで圧倒的な権力を誇っていたローマ教会の腐敗に立ち向かい、改革に挑んだチェコ(旧・ボヘミア)出身の宗教家、ヤン・フス。「神の正義を貫く」という自らの信念の下、命をかけて改革に挑んだその姿は、人々の心をゆさぶり、宗教革命の火付け役になった。

貧しい家庭に生まれたフスは、教会で奉公しながら生計を支え、聖職者を志す。勉強のためプラハに訪れると、1396年には学術修士号を取り、1400年には念願の僧職者に、1402年にはカレル大学の学長に任命される。フスの説教は大変わかりやすく、多くの人々に広く受け入れられていたという。  しかし一方で教皇や聖職者の腐敗が深刻化。オックスフォード大学神学教授のウィクリフはそれに対し、「神の意思が記されている聖書こそ最高の信仰の基準である」とし、英訳した聖書の普及に努めた。フスも賛同し、カトリック教会を批判した。しかし教会側は、権威に背く者を「異端」とみなして容赦なく処罰。1414年から開催されたコンスタンツ公会議で、フスは異端とされて火刑に処せられた。フスは最期に「真実は勝つ」という言葉を遺し、この世を去ったという。

フスの処刑にフス派の民衆は激しく反発。民衆が市庁舎を襲撃するなど、事態は拡大し、チェコ全土で教会や修道院が襲われた。教皇がフス派の教会を市内に認めることで事態は収束へと向かうが、教皇の権威は次第に失墜していく。フスは不遇な最期を迎えながらも、その信念を貫く生き方によって人々に影響を与え、神の正義を実現させた。

 

◀チェコ共和国大統領府の旗。国章にはフスが遺した「真実は勝つ (Pravda vítězí)」という言葉があしらわれている。

(「Are You Happy?」2014年3月号)

タイトル

『ヤン・フス ジャンヌ・ダルクの霊言』

『ヤン・フス ジャンヌ・ダルクの霊言』

純粋な信仰のもとに激動の生涯を生きた、チェコの宗教家ヤン・フスとフランスの聖女ジャンヌ・ダルク。時を越えて語られる「信仰と神の正義」とは――。