二人を結びつけたのは信じる思いでした

すれ違いや信仰の不一致で新婚当初からケンカが絶えなかった柴田さんご夫婦。妻の貴代子さんは何度断わられても、夫の耕司さんに信仰を勧め続けました。二人はどのようにして同じ信仰を持つようになったのでしょうか。

ケンカの絶えない結婚生活

「俺と信仰、どっちを取るんだ!」

1990年、ちょうどオウム真理教がさまざまな事件を起こしていたころ、幸福の科学の信者となった貴代子さんは、夫の耕司さんにこう選択を迫られた。それを聞いた瞬間、涙が溢れた。

 「信仰を捨てることも、主人を捨てることも絶対にできませんでした。涙を流しながら『あなたと一緒に学びたい』と訴え、素直な気持ちを伝えました」

大学生のころに出会い、卒業後すぐに結婚した二人。しかし、出版社で働く耕司さんは多忙な毎日を過ごしており、貴代子さんは初めての子育てに戸惑うことばかりで、お互いの余裕のなさから離婚の危機を迎えていた。
「主人は休みもほとんどなく、23時前に帰ってきたことはなかったんじゃないでしょうか。私も子育てやご近所トラブルでストレスが溜まり、ケンカばかりの毎日。原因のほとんどはささいなことでした。私は料理にこだわりがあまりなく、夫はこだわるタイプだったので、『切り方が違う!』『じゃあ自分で作りなさいよ!』と(笑)。同時期に子供が登園拒否になってしまい、目の前が真っ暗になるような日々でした」そんななかで貴代子さんは、友人に本を贈られたことで幸福の科学に出合った。

「大川隆法総裁の書籍を何冊も読み、『愛とは受け入れることである』という教えを知った瞬間、目からボロッと鱗が取れたように、目の前の世界が違って見えました。それまでは、自分の価値観に夫や子供を当てはめようとするばかりで、相手のことを考えていなかったと気づいたんです」
しかし、「宗教は人の頭をおかしくする」と思い込んでいた耕司さんには猛反対される。幸福の科学の本を庭に投げ捨てられたこともあり、ついには離婚か信仰を捨てるかを迫られるまでに至ったのだった。

信仰で変わっていく妻を見て

貴代子さんは大川総裁の本を読み込みながら、自分の間違っている部分をひとつずつ変えていった。貴代子さんの変化について耕司さんはこう振り返る。
「最初に不思議に思ったのは、ケンカが少なくなったことです。こちらが怒るとすぐに倍以上言い返してきていたのに、素直に『ごめんね』と言われるようになり、『じゃあ、まあ、しょうがないか……』と答えるしかなくなってしまったんです。
そんな風に、幸福の科学に行くとどんどん妻が優しくなるんですから、行かせますよね(笑)。子供たちも明るくなっていって、ふと自分を振り返ってみると一人だけ成長していないことに気づきました。『俺を置いていかないでくれよ』という気持ちでした」

貴代子さん自身はどのような自己変革を心掛けていたのだろうか。
「とにかく主人のことを考え、受け入れようと思いました。やっつけ仕事のように作っていた料理も、『今日は、主人は何が食べたいかな』と真剣に考えたり、具材を刻む手にも愛を込めたりすると、主人が怒ることが減っていきました。ある日、『伝道論』という書籍で、『仏法真理は〝ごちそう〞である』というたとえを読んでハッとしました。私だけが仏法真理というごちそうを独り占めし、主人には本気で教えが素晴らしいものだと勧めていなかったんです。『この仏法真理というごちそうで、幸せになってもらいたい』という心からの愛の思いを持てたとき、主人と心の底でつながることができたような感じがしました」

1993年の年末に東京ドームで大川総裁の講演会が開催されることが決まった。どうしても家族で参加したいと思い、耕司さんを誘うが、2度断られてしまう。
「何度でも挑戦しようと思って誘った3回目に、突然『東京観光のついでなら行ってもいい』と言われ、思わず耳を疑いました。それまで猛反対していましたから。後になって、男のプライドがあってすぐに『行く』と言えなかったと聞いて、あきらめなくて本当に良かったと思いました」
講演会への参加をきっかけに、耕司さんは自ら幸福の科学の教えを学び始めた。「当時、上司にきつく当たられて悩んでいたんです。妻に相談すると『あなたに期待しているからあえてそうしているんじゃないの?』と、教えをもとにアドバイスをもらいました。そこで『まずは自分から相手を好きになろう』と決意して出勤したら、上司の態度が180度変わったんです。自分の心を変えたら相手が本当に変わった。これには驚きました。確信はどんどん深まっていき、この教えは本物だと腑に落ちると、思わず『なんでもっと早く教えてくれなかったんだ!』と言ってしまい、『ずっと言ってたでしょ』とあきれられました(笑)」

一方の貴代子さんは、当時を振り返り、「主人に反対されていた期間があったからこそ、私は自分を変えることができました。だから今はとても感謝しています」と笑う。

大腸がんの発覚と新たな決意

夫婦で同じ信仰を持ち、ともに伝道活動をしていた2009年、幸福実現党が立党した。貴代子さんは政治活動にも取り組むようになったが、耕司さんは政治への苦手意識から、表だった活動からは身を引いてしまう。代わりに家のことを一手に引き受け、妻を支えていたのだが―。「健康診断で、大腸がんが見つかったんです。もうすぐステージ4に上がりそうだと言われ、すぐに手術が必要ということでした」
手術の日、貴代子さんは携帯型の御本尊を抱きしめて、待ち合い室で6時間以上祈り続けた。長時間に及んだ手術は無事に成功。
リンパ腺には転移していたものの、奇跡的にそれ以外への転移はなく、「リンパ腺が全身転移を抑えてくれたようだ」と医師も不思議がった。耕司さんは病気を通して、「自分ももっと積極的に活動しなくてはいけない」と教えられたような気がしたという。
退院後、耕司さんは当時勤めていたテーマパークが閉園したことをきっかけに転職活動を始める。その中で、前例主義で民間の考え方を取り入れない行政に疑問を抱く場面に何度も出くわした。「私たちが住む宗像は、古くから神降ろしが行われていた神聖な地です。そんな宗像を発展させて後世まで残したい。そのためには、〝民間の血〞を入れて活性化させるべきだと強く感じました。そう決意すると政治への苦手意識も薄れ、今は地域の活性化のための活動に取り組んでいます」

夫婦で同じ信仰を持てる幸せ

宗像の地を幸せな人でいっぱいにするため、日々活動する柴田さん夫婦。耕司さんは、貴代子さんに心から感謝しているという。
「互いの悩みも解決し合えますし、夫婦で同じ価値観を持っていることは大きいです。信仰を手放さず、ずっと私に伝えようとしてくれた妻には感謝が尽きません。今、私が家で料理を作っているのも、信仰に反対していた期間につらい目に遭わせてしまった償いをしたいという思いがあるんです」
最後に、貴代子さんになぜ耕司さんへ信仰を伝え続けたのかを聞いた。
「縁があって結婚した以上、主人も魂では教えを求めているはずだという確信があったんです。何度断られても、もっと素直に思いを伝えられれば応えてくれると信じていました。信仰への反対にも、主人の病気にも意味があり、すべてが今の私たちにつながっていたんだと思います。神仏を信じ、主人を信じる思いが未来を開いてくれました」

(「Are You Happy?」2019年6月号)

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