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それ、似合っていますか?〔岡野宏のビューティーレッスン〕

「お似合いです」は疑う

まだ放送記者だった池上彰さんがNHKの「週間こどもニュース」を担当することになり、彼と二人で衣装選びのために紳士服売り場で試着していたときのことです。

「お似合いです」

と、店員さんから声が掛かりました。池上さんと私は顔を見合わせました。まだ目的を伝えていません。

「袖丈がぴったりで、詰める必要もありませんね。ラインもきれいです」

それだけでは、私たちの主なる目的「明るい感じで、子供が親しみやすい」が抜け落ちています。サイズが合うのは最低限のことで、聞きたいことは、「我々の目的に合っているか」なのです。

一口に「似合う」と言っても、合わせるものは人それぞれ、顔や身つき、職業、気持ちや性格、時や場に合わせることもあるでしょう。

何に合わせるかは、自分で決めなくてはなりません。さて、みなさんは、何に合わせていますか?

常識的な“似合う”は忘れる

販売員は、往々にしてサイズや形に似合わせようとします。

まだ顔が売れるようになる前の西田敏行さんと、彼の眼鏡を選びに眼鏡屋に出かけたときのことです。私が勧めたのは、ラウンド型で、掛けると温かさが出て、鼻先に向けて少しずらせば彼の大らかさを感じる形でした。それを見ていた店員さんが飛んできました。

「顔の輪郭や骨格に合わせると、こちらの方がお似合いです」

サラリーマンが掛けるとよく似合いそうな、真面目な雰囲気の眼鏡を差し出されました。掛けてみると顔型の欠点をカバーしているかもしれませんが、面白みがなく彼の持ち味が消えてしまいました。

少し人間味のある雰囲気がほしいときや個性を強調したいときは、常識的な“似合う”を忘れて選ぶことです。顔型に似合わなくても、心にしっくりくることがあります。そのようなものは、掛けているうちに顔になじみ、あなたの個性となるものです。

実は、西田さんとは、前もって選ぶ方向性を“誰が来ても温かく楽しく迎えられるウェルカムの眼鏡”と決めていました。ラウンド型は西田さんが描く「未来の彼の俳優像」にぴったりだったのです。

生き方に合わせる

公の場に立つときは、職業の持つイメージに合わせることが多いものですが、平山郁夫さんは画家というより商社の取締役のような背広を着ていらっしゃいました。自宅のアトリエでも、常にきちんと身支度を整えているそうです。

「絵に関わる姿勢を大事にしています。だから、私はピーンと張った空気に合ったものを身につけないと筆が動かないのです」

そばにいた奥様がおっしゃいました。

「あの人は、着るものも態度も真面目。真面目が似合うのです」

淡い色合いのスーツとネクタイは、平山さんの描く絵のようで、彼の描く絵の世界と呼応していました。

生き方に似合う外見は、発する言葉や行動と相まって、その人を一層魅力的に見せます。

是枝裕和監督とカンヌ映画祭に同行した樹木希林さんがこんなことをおっしゃいました。

「是枝さんは、改まったものが本当に似合わない。タキシード着て、もじもじしちゃって。でもね、あれは、わざと似合わなくしているのかも」

是枝監督の人柄が伝わってくるエピソードで、またそれもひとつの魅力を引き出す見せ方です。

自分の似合うを知る

似合う物を見つけるには、自分に気づくことが始めの一歩です。参考になるのは、幼い頃からの自分を知る人の意見で、的を得ていることがあります。年末年始は、自身を見直すよい機会ではないでしょうか。

© K’s color atelier

「心にしっくりくるものは 時間とともに 似合うようになります。」

今月のレッスン

身近な人に、自分に似合うもの、似合わないものを尋ねてみましょう。

 (「Are You Happy?」2020年1月号)


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