okano-beauty

「魔法の鏡を持つ」-岡野宏のビューティーレッスン

 

鏡と心はつながっている

あるとき、伊東四朗さんがおっしゃいました。
「馬鹿と鏡は使いよう。アレ、ちょっと違うかな」
古来、鏡はさまざまな地域で正義や悪魔を見分け、また魔除けとして使われてきました。その不思議な力に憧れた人も少なくないでしょう。
さて、みなさんはどのように鏡を使われていますか?
ロサンゼルス近郊にあるキャリコでの撮影の合間、松田優作さんに誘われてインディアンの占い師の老婆を訪ねたときのことです。老婆は鏡を使い、バッファローの骨を焼いた煙と太陽光を、優作さんの身体に当てました。魔力を弱め、身体を守ってくれるのだそうです。
「思い悩むときは鏡のないところで考えなさい」
老婆からの忠告です。その昔、悩みを抱えたインディアンの娘が水汲みに行き、水鏡に映った姿に心誘われ、命を落としたといいます。
「鏡と心はつながってるからね」
鏡は嫌な顔を映すと、なお心に響きます。気持ちの乗らないときほど「良い顔」を鏡に映しましょう。良くも悪くも、倍になって心に響くのが鏡なのです。

 

オフの顔をもとう

ニュースキャスターたちは、本番前に鏡を使って顔と心をつなげます。「1分前!」の声で、手元に置いてある鏡をのぞいて顔のテカリや髪の乱れを直し、最後に鏡の中で顔と心を通わせ「さあ、行こう!」のスイッチをオンにします。強い緊張を強いられる本番直前にスイッチを入れることで、集中力が弱まるのを防ぐのです。
鏡を使ってのオンオフの切り替えは、やってみると心が楽になることがわかります。打ち合わせの前や、初対面の人と会う前、姿を鏡に映してスイッチを入れてみましょう。お子さんがいらっしゃる方は、玄関に「ただいま」の声が聞こえたら、鏡に向かって笑顔のスイッチを入れてみてください。慣れてくると、すっと気持ちが入るようになります。オフのときは、どうぞご自由な顔に。その落差が心を楽にしてくれるのです。
この春までNHK「ニュース7」のキャスターを担当していた武田真一さんは、切り替えが上手(うま)く、オフの顔で歩いていると、放送局の入り口で守衛さんに止められてしまうくらい気楽な顔になっています。

 

樹木希林さんの鏡

ところで、私がこれまでお会いした〝一流〞と呼ばれる方々は、頭の中に「想像力」(イメージを作る)という、もうひとつの鏡を持っています。
プライベートではヨージ・ヤマモトを着こなす、洒落(しゃれ)た女優の樹木希林さんもそのひとりです。
ドラマの中で、戦後、憧れの彼への思いにふけるシーンの衣装合わせをしたときのことです。
「靴下は真っ赤で、踵(かかと)が擦り切れてるのがいいわ。それと糸のほつれを作っておいてちょうだい」
撮影本番、希林さんがほつれた糸を指に絡め、鼻歌を歌い始めると、現場の空気が変わりました。笑ってしまうのだけれど、泣きたくなるような複雑な思いが込み上げます。
「戦後の可笑(おか)しさって切ないでしょ」
希林さんは「想像の鏡」を使い、人の心へも、すっと入っていくのです。

 

一流の人の鏡の使い方

鏡を見て、きれいに、格好よく決めるのは大事なことですが、それは通過点にしかすぎません。鳥のような眼で場を眺め、どうしたら相手の心に届くのか、それが自分にプラスになっているかまでチェックするのが、一流の人の鏡の使い方です。
会議で、パーティーで、婦人会の集まりで装った後、目的通りの反応があったでしょうか? なかったときは、想像の鏡にもう一度自分を映してみてください。あなたの鏡も使い方次第で魔法の鏡になるのです。

魔法の鏡本文用

© K’s color atelier

「鳥の眼は夢の入り口。
空から眺めたら探し物が見つかるかもしれません。」

 

今月のレッスン
鏡に姿を映し、スイッチを入れましょう。

 
(「Are You Happy?」2017年6月号)

印刷する

岡野宏 

1940年、東京都生まれ。テレビ白黒時代よりNHKアート美粧部に在籍。40年以上にわたり、国内外の俳優だけでなく歴代総理、経営者、文化人まで、延べ10万人のメークやイメージづくりを行う。“「顔」はその人を表す名刺であり、また顔とは頭からつま先までである”という考えのもとに行うイメージづくりには定評がある。NHK大河ドラマ、紅白歌合戦等のチーフディレクターを務め、2000年にNHK退所後は、キャスターや政治家、企業向けにイメージアップの研修や講演活動などを国内外で行っている。著書に『一流の顔』(幻冬舎)、『渡る世間は顔しだい』(幻冬舎)、『トップ1%のプロフェッショナルが実践する「見た目」の流儀』(ダイヤモンド社)、『心をつかむ顔力』(PHP研究所)等。

連載