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身だしなみの効用

本来の身だしなみとは

古来より、生活の中に心地良い身だしなみがあるのが当たり前の日本ですが、近頃は、それが崩れ、「まあ、この程度でいいか」といった、面倒くさいときの手を抜く方法として身だしなみが誤解されているように感じます。
〝身だしなみ〞と辞書で引くと、「①人に不快感を与えないように、言動や服装を整えること。また、その心掛け。②身分や境遇に応じて身につけておくべき教養や技法」と書かれています。身支度を自分や相手の心も考慮し整え、それを教養や技法であるというように記しています。異文化が多く入ってきた今、改めてその力を考えてみたいと思います。

思いやりを含む身だしなみ

「身だしなみは、昨日、今日、始まったものでなく、人が集まり相対するようになると自然に発生したものです」
早稲田大学の名誉教授であられた暉峻(てるおか)康隆さんが教えてくれました。 
江戸時代、戦が減り時間を持て余した武士たちの間で、砥と草くさの爪磨きが流行ります。この頃から手足の爪を整える習慣ができました。爪を切り、軽石で削り、ぎざぎざのこがね草の茎で磨きます。お城の大事な書類を扱う評定所書役(かきやく)の者は、それがステータスであり、誇らしげに見せ、また憧れられ、後に身だしなみとして市井(しせい)の人々にも広まりました。
爪を整えるのは見栄えの良さだけでなく、大切な相手や物を傷つけない身だしなみとして広まります。後に、「荒城の月」で名を馳はせた作曲家の滝廉太郎も、音符を書くときの邪魔になる爪を砥草の凹凸でこすり、整えたといいます。楽譜を大切に扱う気持ちがそうさせたのでしょう。身だしなみには相手や物を思いやる気持ちが含まれています。

自分のスタイルを見せる

ところで、身だしなみにもその人の雰囲気が現れます。こんな派手なつくりが身だしなみ、と思うような人や、「自然に振る舞うのが良いのよ」と言う人もおり、人それぞれです。 
ベストセラー作家の下重暁子さんと女優の野際陽子さんは、かつては同時期にNHKのトップアナウンサーとして光る存在でした。2人とも肌はきれいで清潔感のあること、感じが良いことは共通していますが、身だしなみには違いがありました。
真剣な顔への切り替えが上手く、張り詰めた雰囲気を作るのが得意な下重さんに対し、野際さんは、女優になるべくしてなったような明るい笑顔で、華やかな雰囲気を作るのが上手でした。
急な取材には、クリスチャン・ディオールかアルマーニの男物のような地味な色合いのジャケットで、さっぱりと対応するのが下重さんで、野際さんは取材を受けるとなると、メークアップルームに飛んできて、着飾り華やかに演出し、自分の存在感を出す身だしなみの整え方をします。スタイルは異なりますが、2人とも相手や場を読んだ上で、自分なりの身だしなみをしています。現場からは「取材がしやすい」と喜ばれていました。

心地良い1日のために

身だしなみというと、相手に不愉快な感じを与えないというのが大前提ですが、ただ服を着てメークするだけでなく、いかに自分の個性を出して感じ良く着こなし、相手が喜んでくれるかまで持っていくのが身だしなみのレベルです。
周囲を見渡してから自分を整えると、自分を活かす方法が見えてきます。相手に不快感を与えない技法ですが、裏を返せば、自分が心地良く過ごす見せ方でもあるのです。
予定のある前、もしくは朝、ベッドの中で、あなたとその周囲が和やかである光景を頭に描いてから身だしなみを整えてみてください。着の身着のままで家から飛び出た日とは違う1日となるでしょう。

朝の身だしなみで 気持ち良い1 日を© K’s color atelier

今月のレッスン
会う相手を思いながら身支度を整えましょう。

 (「Are You Happy?」2023年9月号)

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岡野宏 

1940年、東京都生まれ。テレビ白黒時代よりNHKアート美粧部に在籍。40年以上にわたり、国内外の俳優だけでなく歴代総理、経営者、文化人まで、延べ10万人のメークやイメージづくりを行う。“「顔」はその人を表す名刺であり、また顔とは頭からつま先までである”という考えのもとに行うイメージづくりには定評がある。NHK大河ドラマ、紅白歌合戦等のチーフディレクターを務め、2000年にNHK退所後は、キャスターや政治家、企業向けにイメージアップの研修や講演活動などを国内外で行っている。著書に『一流の顔』(幻冬舎)、『渡る世間は顔しだい』(幻冬舎)、『トップ1%のプロフェッショナルが実践する「見た目」の流儀』(ダイヤモンド社)、『心をつかむ顔力』(PHP研究所)等。

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