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粋な人になるには

フランス語の粋にないもの

年の瀬になると、酉の市、正月飾り、門松と、和の文化が身近に感じられます。その頂点にあり、今でも男女問わずおしゃれな人たちが憧れるのが「粋」です。

以前、シャネルの美容部長であったフランソワーズ・モレシャンさんが、「粋」をフランス語で「上品」、「あか抜け」と訳したところ、何かもの足りなさを感じたといいます。

「フランス語にも〝粋〞に近い言葉がありますが、少し違うのです」

その違いを表すために、「一本筋の通った」と加えたところ、しっくりきたそうです。

反骨精神から生み出された粋

そもそも、粋は、江戸幕府の出した贅沢禁止令に反骨精神で臨んだ町民気質が生み出したものと言われています。禁止された派手な色や光沢のある素材に代わり、四十八茶百鼠(しじゅうはっちゃひゃくねずみ)や藍色で染められた綿や紬の着物が着られるようになりました。それが、かえって立ち振る舞いをシンプルですっきり見せ、 町人たちをあか抜けさせて見せたのです。

それが、江戸時代半ばに江戸深川で活躍した辰巳(たつみ)芸者にも影響しました。華やかな化粧に飾りをつけた京の舞妓や芸子に比べ、辰巳芸者は薄化粧が特徴でした。冬でも足袋を履かず、要らない飾りは捨て、姿勢が良く、男言葉を混ぜ、媚を売らず、粋な芸者になったのです。

その辰巳芸者が、当時は男の物だった羽織をつけて座敷に出たところ、そのスタイルが人気となり、今度は羽織が禁止されます。しかし、町民たちが隠れて羽織ると人気に火が付き、とうとう幕府も止められませんでした。粋なおしゃれは、そのようにして始まったのです。

現代の粋な女性たち

粋は上品さがベースになっていますが、女っぽさが多く出ると、その範囲ではなくなります。人によっては、程よい男言葉が似合うのが粋です。

現代の粋な人といえば、ヴァイオリニストの高嶋ちさ子さんで、ごてごてしたおしゃれを嫌い、時間のかかる美容院などもってのほか、なんでも短時間で済ませるのが当たり前で、嫌なことは、はっきりと口にします。普段、強がりを言っている男どもをギャフンとさせる爽快感が、テレビの視聴者に受けたのでしょう。

女優の高島礼子さんのさっぱりとした心地良さも粋です。シンプルなベージュ、茶、オフホワイトといった衣服は、きらびやかさはないものの、あか抜けた色合いでまとめられ、飾り気のないしゃべり方と相まって彼女の粋を作っています。顔だけ見ていると何か控えめで物足りない口紅、ほお紅、シャドーの色合いですが、全体を見るとバランスが取れていて統一感があります。肌も服も手を加えていないようで、実はしっかり整えられているのが高島さんの魅力で、さっぱりした性格とすっきりとした外見とのバランスの良さが粋です。

ずれとやりすぎに注意

さて、粋が分かるのは、その逆の「野暮(やぼ)」が分かることです。粋と野暮は紙一重で、ちょっとのずれが野暮になります。シャツの肩のずれや、季節や時間帯とのずれ、立ち振る舞い、それらのずれに気づけるのが粋な人です。ヘアー、指、足などの先端が乱れて決まらないのも野暮ったくなります。

粋の反対には「気障(きざ)」もあり、やりすぎることで起こります。決めすぎ、飾りすぎ、つけすぎ、他にも格好良すぎる言葉などに出ます。

私生活が粋と言われていた女優の樹木希林さんの言葉です。
「粋になるには、身なりが一番、次に立ち振る舞い、そして心持ち。これらが合わさって、さっぱりとあか抜けていて色気がある。それと、さりげないけどかっこいい。ひと言では言えないのが粋の難しさであり、答えね」

制約から生まれた 粋な百ねずの色々© K’s color atelier

今月のレッスン
すっきり、さっぱりして、新しい年を迎えましょう。

 (「Are You Happy?」2023年1月号)

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岡野宏 

1940年、東京都生まれ。テレビ白黒時代よりNHKアート美粧部に在籍。40年以上にわたり、国内外の俳優だけでなく歴代総理、経営者、文化人まで、延べ10万人のメークやイメージづくりを行う。“「顔」はその人を表す名刺であり、また顔とは頭からつま先までである”という考えのもとに行うイメージづくりには定評がある。NHK大河ドラマ、紅白歌合戦等のチーフディレクターを務め、2000年にNHK退所後は、キャスターや政治家、企業向けにイメージアップの研修や講演活動などを国内外で行っている。著書に『一流の顔』(幻冬舎)、『渡る世間は顔しだい』(幻冬舎)、『トップ1%のプロフェッショナルが実践する「見た目」の流儀』(ダイヤモンド社)、『心をつかむ顔力』(PHP研究所)等。

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