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選手村の美容室〔岡野宏のビューティーレッスン〕

気持ちを上げる美

約3年前、国際陸上選手権女子100メートルの予選のときのことです。選手の足のみずみずしさが記者の間で話題になりました。
「光っているように見えるが、何か塗っているのだろうか?」
「いや、速さ、強さに青春を懸けている者たちは、おしゃれなどに目が向かないだろう」
「光っているのは汗だよ」
ところが決勝戦、走り出す前から選手の足が光っていたのです。汗ではなく、金粉を塗っていたのでした。バレエダンサーが腕や足に金粉を塗り、美しい肉体を強調するように、陸上選手が世界と競う「走り」を最高に美しい姿で見せたいと思うのは、不思議なことではないでしょう。
スポーツ選手にウェアを提供するメーカーは機能向上だけでなく、選手からの美的な部分への要望、美しい布シワの寄り方や足の美しさを引き立たせるパンツの長さなど、当たり前のように受け入れ、研究しています。スポーツ選手にとって美しさは、モチベーションを上げる役割もあるのでしょう。

スポーツ選手の間にも流行りがあるそうで、最近は金粉よりパール粉と呼ばれるものを塗り、光るというより自然にシットリとした感じのツヤを求めているそうです。

「美容室あります」

さて、1964年の東京オリンピック・パラリンピックでは、「選手村にあったらうれしい、無料で使える施設」を各国の選手から募り、特に多かった「美容室」を設置することになりました。「不公平がないように」と事務局から指示があり、当時珍しかった縮れた髪の編み込みは、ニューヨークのハーレムで勤務経験のある美容師にお願いし、希望の多かったヘアカラーは、金髪、プラチナだけでなく、何色を求められても要望に応えられるよう、パリでの技術経験者をそろえました。皆ボランティアです。 
「美容室あります」と書かれた紙が食堂に貼り出されると、一番に駆け込んできたのは、チャド共和国の選手でした。彼女の住む村に美容院はなく、「美容室に来るのは初めて」と興奮しています。
「こんなにきれいにしてもらえるなんて。オリンピックに参加できてよかった。きっといいタイムが出るわ」
病み上がりでやってきたのは、旧ロシアから独立した国の選手でした。発熱で数日寝込み、熱が下がったので練習に入ったのだが、今までのように記録が出ず、途方に暮れていたと言います。美容室の椅子に座り、汗と汚れを落としてもらい、髪を短く切り、パーマをかけ、出来上がったスタイルを鏡で見ると、彼女は涙を流しました。「ありがとう。ありがとう!」国では彼女のお姉さんが裁縫のハサミで切ってくれるといいます。練習に戻っていく彼女の顔は吹っ切れていました。

ささやかなプレゼント

選手村でのおしゃれには国の経済状況が反映され、発展途上国からの参加が多かった1964年は、貧富の差がはっきりと見えました。当時の神武景気に沸いていた日本の繊維業界からは、夢の新繊維が選手村のカーテンとして提供されました。ところが、そのカーテンがなくなるのです。
「国に持ち帰られ、洋服に変わっているだろう」と繊維会社の人はニュースにもせず、黙って新しいカーテンをかけていました。 
金銭的な余裕のある国の選手たちが日本で服や靴を買い、持参してきた服を提供する「差し上げます」コーナーも作られました。美容室に再び行くことはない、また、新しい服は結婚式のときしか新調できないであろう人たちにとって、選手村は束の間の夢の世界に見えたかもしれません。どのような状況においても、美の物語は生まれ、それは誰かの心を支えているのです。

© K’s color atelier

違うから 見つかる物もあります

今月のレッスン

オリンピック選手の美の部分にも注目してみましょう。

 (「Are You Happy?」2021年7月号)


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