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サスティナブルなクモの糸〔岡野宏のビューティーレッスン〕

日本で生まれた夢の糸

世界の研究者が夢見た人工クモの糸の開発を、日本人研究者が成功させました。以前、石坂浩二さんが、この新しい糸について話してくれました。
「化学繊維のように石油を使うことなく、微生物が作ったたんぱく質で糸や布ができるんだよ。そして、やがて土に返る。化学繊維アレルギーの人にもいいし、手術用の糸、血管までも研究は進められているらしい」強度、伸縮性、耐熱性、軽さに優れたたんぱく質からなる人工クモの糸は、今まで石油に頼っていたものを、この糸に置き換えて作ることができるそうです。人にも、環境にも優しい人工クモの糸は、サスティナブルな素材として注目されています。

サスティナブルって難しい?

「持続可能な」と訳されるサスティナブルですが、ファッション業界では、人工クモの糸のように自然環境に配慮したものづくりや、廃棄物から新しいアイテムを生み出すリメイク、そして質の良い、長く愛用できるような服を作る、といった取り組みを指す言葉でもあります。
そもそも日本には、サスティナブル・ファッションに対する土壌があり、自然をうまく活かし、共生しながら生きてきました。蚕を飼って絹を作ったのもそのうちのひとつで、絹糸を「神の糸」と呼び、それから作られる着物類は、代々家族に受け継がれるサスティナブル・ファッションです。

良いものを長く大事に使う

世界を見渡すと、それぞれの地域で先祖から伝わっている衣服があります。イギリスでは、帽子やセーターといったニット類、フランスやドイツでは、ジャケット・コート類を親から子供、孫へと渡していきます。
景観保護に厳しいドイツの古い街では、秋のひとときだけ商店街の窓で衣類を虫干しすることが許されていました。良いものは長く大事に使う、という気持ちが街全体に浸透しています。一緒にいた女優の松坂慶子さんがおっしゃいました。「私、この街に住めると思う」祖母や親の衣類をいつか着ようと思っている彼女は、その街に親しみを感じたのだそうです。ものを大切に愛用し続ける街には、ものにも人にも優しい雰囲気が漂います。

組み合わせて、粋に着る

ところで、古い時代のものをそのまま身につけると、どこか人まで古びた感じになることがあります。せっかくですから、格好良く着たいものです。うまく着こなすコツは、その時代の新しい何かを加え、今を生きていることを表現することです。
女優の秋吉久美子さんは、アメリカのアンティークショップで求めた古いシルクレースの服に、当時流行していたブーツを合わせて、スタイリッシュに決められていました。
古道具屋を覗くのが好きな永六輔さんは、東北の地方ロケに行かれると、藍染めの古裂(こぎれ)を買い求め、そこに現代作家に新たに刺し子をあしらってもらい、日常着にされていました。「〝生きる〞に使って初めて粋って言えるんだよ」「新しい何か」は、ボタンや、レースをつけ加えたり、ヘアスタイルや、メークを今風にしたりするのも良いでしょう。数年前から登場している人工クモの糸で織られたファッションと、絹糸で織られた古裂を合わせてみるのも、今を生きている組み合わせです。
現在、綿や絹といった天然由来素材は輸入頼みになっている日本ですが、この国で人工クモの糸の開発に成功したのは偶然ではなく、ものを大切にする文化がある私たちへのご褒美として、神々が幸せを与えてくれたのだと信じています。古今を組み合わせた、人にも環境にも優しいファッションで、今を楽しんでみてはいかがでしょうか。

© K’s color atelier

強く美しい 人工クモの糸は 未来の糸

今月のレッスン

新しい何かを加え、今を生きましょう。

 (「Are You Happy?」2021年8月号)


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