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「白を準備する」―岡野宏のビューティーレッスン

40年にわたりNHK美粧部に在籍し、国内外の女優や政治家などのメークアップに携わってきた岡野宏さんが考える「魅力ある人」とは? さあ、一緒に美しさへの一歩を踏み出しましょう。

清々しい白の力

お正月に放送するNHK教養番組「絵画教室」で、生徒たちが描いた富士山を日本画家の平山郁夫さんに見てもらっていました。
「富士山らしい聖なる感じ、神秘性が出ないのです」

生徒は平山さんからアドバイスをもらい、頂上付近に白い絵の具をのせます。
「ほーっ」
一同から声が上がりました。わずかな白が清々しい気を放ちます。富士山の神々しさがジーンと胸に迫ってきました。

白には他の色にはない、特別な力を感じます。ファッションにも、ほんの少し白を効かせただけで清々しさが表れ、年の初めにふさわしい装いになります。

 

センスの良さとは気持ちを通じさせること

白にもいくつかの表情があります。神主の着物、医者、料理人のユニフォームなど、これらの仕事にはキリッとした鋭い真っ白がぴったりです。

白の中でも青みを帯びた白は、顔のそばに持ってくると血色の悪さ、シミ、そばかす、小ジワを際立たせてしまうという欠点があります。美智子様や年齢を重ねた女優の肌がきれいに見えるのは、白でも生成り、乳白色といった、ほのかに色みを帯びた白を顔周りに添えているからです。

俳優の石坂浩二さんや阿部寛さんが、色みをかすかに感じる白のワイシャツを着用されますが、ワイシャツを着た男性が4~5人並ぶと、白の中のほのかさ加減が際立ちます。鋭さの代わりに、暖かさがあり、ホッとする気持ちが伝わってきました。 日本人は、引き締まった白と暖かく優しい白とを使い分ける素晴らしい眼と鋭い勘を持っています。センスが良いというのは、その人の気持ちが通じてくることだと思うのです。

 

白を身につける心構え

ところで白は、自分自身が少しでも汚れを感じるようなら、その効果はなくなります。しかし、白い物を白く保つのは簡単なことではありません。

雨の中、文化勲章女優の山田五十鈴さんがロケをされました。映像のつながりの関係で、白い大島紬(つむぎ)をお召しになっています。スタッフが裾周りの跳ね上がりを心配しても、「あら、大丈夫よ」と山田さんはおっしゃり、リハーサルが終わりました。
「本番お願いします」

山田さんが、帯より下の着物の部分をするりと剥ぎ、脱皮したかのように新しい下半分が現れました。同じ布を腰に巻いて汚れをカバーしていたのです。

吉永小百合さんが本番直前に、リハーサルで汚れた足袋をするりと脱ぐと、下から真っ白な足袋が現れます。取り替えてもらう時間がないと慌てていたスタッフが、胸をなで下ろしました。

「一人前の女優になるには、白を着こなせるようにならないと」と、山田さんがおっしゃっていましたが、白を白く保つ心構えを持てることが、着こなすということなのでしょう。

 

白から始める

茶道家の塩月弥栄子さん(裏千家14代家元のお嬢様)が、テレビ撮影本番前にお付きの方からシワひとつない真っ白いハンカチを受け取られました。
「これは、私の心の置きどころ。〝日本の心〞ってそういうところにあるでしょう。『凛とした』と言うけれど、姿勢とか立ち振る舞いといった、見えるところだけにあるものではないのよ」

新年に向けて、何か真っ白なものを準備してみましょう。襟と袖口だけでもよし、スーツのインナーや小ぶりのアクセサリー、ハンカチでも構いません。その清々しさは、きっと相手にも伝わります。

岡野先生第9回本文

© K’s color atelier

「わずかな白で 新たな気持ちに」

 

今月のレッスン
新年に向けて真っ白なものをあつらえましょう。

 
(「Are You Happy?」2018年1月号)

 


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岡野宏 

1940年、東京都生まれ。テレビ白黒時代よりNHKアート美粧部に在籍。40年以上にわたり、国内外の俳優だけでなく歴代総理、経営者、文化人まで、延べ10万人のメークやイメージづくりを行う。“「顔」はその人を表す名刺であり、また顔とは頭からつま先までである”という考えのもとに行うイメージづくりには定評がある。NHK大河ドラマ、紅白歌合戦等のチーフディレクターを務め、2000年にNHK退所後は、キャスターや政治家、企業向けにイメージアップの研修や講演活動などを国内外で行っている。著書に『一流の顔』(幻冬舎)、『渡る世間は顔しだい』(幻冬舎)、『トップ1%のプロフェッショナルが実践する「見た目」の流儀』(ダイヤモンド社)、『心をつかむ顔力』(PHP研究所)等。

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