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【経済の偉人シリーズ②】繁栄思想の偉人たち「渋沢栄一」

低迷する世界経済。今こそ経済の偉人の思想が求められています。「繁栄思想」で世界を発展に導いた偉人たちについて、聖学院大学政治経済学部教授・鈴木真実哉さんに語っていただきました。

渋沢栄一
幕臣・官僚・実業家〔1840年~1931年〕

ピーター・F・ドラッカーがもっとも尊敬する日本人
「日本資本主義の父」

沢栄一は江戸末期に現在の埼玉県に生まれました。家は豪農で、藍玉(あいだま)の製造販売や養蚕なども行っていたため、渋沢も幼少時から商売に親しんでいたそうです。さらに5歳ごろから父に読書の習慣を仕込まれ、(※1)四書五経(ししょごきょう)をはじめとした儒教を学びました。

(※1)四書五経…儒教の経書の中で特に重要とされる四書と五経の総称。

成人後に江戸で勤皇(きんのう)の志士たちと出会います。当時は尊皇攘夷(そんのうじょうい)思想の持ち主で、一時は群馬の高崎城を襲う計画を立てたほど。家を勘当されて向かった京都で一ツ橋慶喜(後の徳川慶喜)に仕え、パリ万博の随行員として渡仏します。

リ万博ではフランスなど近代国家の最新工業技術や文化産業に触れ、大きな感銘を受けます。その後ヨーロッパを巡り、商人にも社会的地位があることに感動。工業や文化産業の発展だけでなく、国民のチャンスが平等な国こそが近代国家と痛感しました。

やがて日本は大政奉還を迎え、帰国を命じられた渋沢は徳川慶喜の元に帰ります。ところが慶喜は、「これからはお前の道を行きなさい」と優秀な家臣である渋沢の役目を解いてしまいます。慶喜は渋沢の才能や経験を埋もれさせるのではなく、国のために役立ててほしいと考えたんですね。

由の身になった渋沢は大隈重信(おおくましげのぶ)に直々に説得され、大蔵省の官僚として新しいスタートを切ります。(※2)度量衡(どりょうこう)や貨幣金融財政制度の制定、株式会社制度の知識の普及などの改革を進めますが、予算編成の対立をきっかけに、明治六年、退官してしまいます。

(※2)度量衡…匁(もんめ)や尺といった日本独自の単位は近代化の障害になると、国際的なメートルやグラムに尺貫法を改正。

民間に出た渋沢は、日本初の民間銀行を設立して頭取に就任。これを皮切りに、なんと500以上の会社の創立に携わります。その中には東京海上火災保険、帝国ホテル、キリンビールなど、今も続く大会社も多く、さらに財界を組織化しようと東京商工会議所や証券取引所を設立しました。

沢は思想活動も活発で、「西洋文明や科学技術の導入はすばらしいが、金儲けだけに奔走してはいけない」と訴えていました。幕末から明治になり、仏教は形骸化。国家神道だけでは道徳観や倫理観を教えられないと、「世界の大国が宗教を持って道徳の規範を樹立しているのに、わが日本がこの有様とは大国の国民として恥ずかしい」と著書『論語と算盤』で述べています。

さらに「信仰と富を両立させる宗教こそが真に資本主義の道徳的倫理観を教えられる宗教で、それに基づいた正しい繁栄こそが持続する繁栄である」と主張していました。

京慈恵会や日本赤十字社などの設立といった社会活動にも熱心でした。まず(※3)東京養育院の院長となり、聖路加国際病院の初代理事長やYMCA環太平洋連絡会議の日本版議長などを務めます。

(※3)東京養育院…孤児、老人、障害者やホームレスなどの救済目的で設立された日本初の公立救貧施設。

さらに、「資本主義の発達には国全体の民度の上昇が不可欠」と、学問はいらないと言われていた商人と女性への教育にも力を注ぎます。(※4)商法講習所や大蔵商業学校、国士舘大学、同志社大学などの設立に携わり、商業を高等学問として学ぶ環境を整備。そして伊藤博文や勝海舟と女子教育奨励会を創設し、日本最初の女子大学である日本女子大学が設立されます。続いて東京女学館や東京女子大学が開校します。

(※4)商法講習所…現・一橋大学 ※5大蔵商業学校…現・東京経済大学 ※6このときつくられた組織が現・共同通信、時事通信。

日本国際児童親善会などを設立して民間外交の先駆けとしても活躍し、日米関係悪化の際には、日本のニュースをアメリカに流し、友好関係を保とうとしました。それらの功績が称えられ、ノーベル平和賞候補にも二度選ばれています。

沢の遺した数々の功績は、今もなお日本に必要不可欠なものばかり。その類稀なる先見性は、家業の手伝いや、読書や儒教の勉強といった子ども時代の経験が大きいといえます。チャンスを捉えて見聞を広げ、国全体の発展・繁栄に尽力した日本の偉大なる先輩を、私たちは誇りに思わなければいけませんね。

渋沢栄一が語る現代日本経済の指針

『富国創造論』大川隆法 著 幸福の科学出版
¥1,575(税込)

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記事DATA

鈴木真実哉 Mamiya Suzuki

聖学院大学政治経済学部教授

1954年生まれ。ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ経営成功学部ディーン、聖学院大学政治経済学部教授。専門分野の金融論のほか、貨幣論、シュン ペーター理論などを研究。著書に『格差社会で日本は勝つ』(幸福の科学出版)、共著に『カオスの中の貨幣理論』(雄松堂出版)、『金融入門』(昭和堂)な ど。