梅雨を好むカトリーヌ・ドヌーヴ
フランスの大女優カトリーヌ・ドヌーヴは、乾燥した肌が多い西洋の女優の中では珍しく、きめ細やかな肌をしていました。美しさの決め手は目鼻立ちより肌の質ということが、彼女の主演映画「昼顔」を観るとよくわかります。
ドヌーヴは日本の梅雨をとても気に入っていました。
「日本に来ると乾燥した肌が2~3日でしっとりしてくるのよ。ここの高湿度はフランスのエステより効果があるわ」
先に来日した彼女のお洒落の先生でもあるデザイナーのイヴ・サンローランから、「日本には低カロリーの自然食が豊富にあり、身体や肌を休めるにはいい場所だ」と聞いていたそうです。
「日本食も大好きだけど、高湿度が気に入っているわ」
美容には人一倍気を使っているドヌーヴらしい言葉でした。
ドヌーヴが住むパリの6月は晴天の日が70%ほどで、からりとしていて湿気がありません。
その6月のパリで、女優の松坂慶子さんに撮影のためのメークをしたことがあります。しっとりしていることで有名な彼女の肌が乾燥し、化粧がのらない状態になったのです。
「肌の保湿力が、ほぼなくなっていますね」
診てくれたパリの皮膚科の医者の話を聞きながら、ドヌーヴの言葉を思い出していました。
「日本にいるときは、乾燥の心配がないから気楽でうれしい」
日本の梅雨は、肌を潤すだけでなく、乾燥を気にせず楽な心もちで過ごせる季節なのです。
羊水の記憶が潤いを求める
ところで、作家の井上靖さんが、敦煌(とんこう)に壁画と菩薩(ぼさつ)像の調査に行かれたときの話をしてくれました。
「一滴の水もない、細菌さえ寄せつけない砂漠です。そこに埋めて乾燥させたミイラは、薬草で作られたエジプトのものより乾燥度が高いのです」
敦煌に夢中になり予定を延長しているうちに、乾燥止めのクリームがなくなってしまったとい
います。
「2日で全身粉が吹き、その翌日は痒(かゆ)みと疲労がどっと出てね」
留まるのをあきらめ、上海に移動したところ、毛穴の一つひとつが呼吸し始めるのがわかったそうです。
「木々が青々しているのを見るだけで気持ちも潤ってくるのですよ」
湿気のおかげで肌が潤うときは、心も潤うものです。
世界を見渡すと、北京より上海、LAよりシアトル、NYよりフロリダ、パリよりニース、とい
うように、主要都市は乾燥している地域、避暑地には、よりしっとりしている地域が選ばれています。仕事は軽快に動ける湿度の低いところで、身体を休めるのは湿気をおびた場所で、というのは母のもとに寄り添いたい気持ち、羊水の中の記憶がそうさせるのではないでしょうか。
乾燥部分はありませんか?
さて、梅雨の時期は冬季の乾燥から解放され、肌を休めるにはちょうどよい自然条件です。その
状況にあぐらをかき、化粧水だけで手入れを終わらせていないでしょうか?
どのような肌質の人でも、乾燥している部分があるものです。人によって違いはありますが、おおよそ口や目元といった筋肉を大きく動かす部分が乾燥しやすい場所です。そこに、蓋(ふた)の役割をする油分を含んだ乳液や美容液をしっかりつけることで、水分の蒸発を防ぐことができます。
入梅は若返りのチャンス
若返るということは、肌がしっとりとし、張っている状態になることですが、乾燥した植木鉢が水を吸わないように、乾いた肌は保湿成分を吸い込みません。湿気のある入梅(にゅうばい)は潤うチャンスです。効果がわかりやすいこの時期に手当てをすると、心身が潤い、張りが戻っ
てくるのが実感できるでしょう。
迎える夏の強烈な紫外線や、冷房による乾燥に、今の季節から備えておきたいものです。
© K’s color atelier
「大地が潤うように音や色彩に心身を浸してみましょう。」
今月のレッスン
乾燥した植木鉢は、水をはじき吸い込みません。
肌も同様、入梅時が潤うチャンスです。
(「Are You Happy?」2017年7月号)
岡野宏
1940年、東京都生まれ。テレビ白黒時代よりNHKアート美粧部に在籍。40年以上にわたり、国内外の俳優だけでなく歴代総理、経営者、文化人まで、延べ10万人のメークやイメージづくりを行う。“「顔」はその人を表す名刺であり、また顔とは頭からつま先までである”という考えのもとに行うイメージづくりには定評がある。NHK大河ドラマ、紅白歌合戦等のチーフディレクターを務め、2000年にNHK退所後は、キャスターや政治家、企業向けにイメージアップの研修や講演活動などを国内外で行っている。著書に『一流の顔』(幻冬舎)、『渡る世間は顔しだい』(幻冬舎)、『トップ1%のプロフェッショナルが実践する「見た目」の流儀』(ダイヤモンド社)、『心をつかむ顔力』(PHP研究所)等。