鏡を見て魅力を知る
これまで、皇室の方から総理大臣や俳優、文化人、時には馬の顔まで延べ十万を超える方々にメークをしてきました。そのせいかインタビューやメーク講座などで、よく受ける質問があります。
「魅力的な人は、いったい何が違うのでしょうか?」
「えー、それはですね」
皆さん身を乗り出します。
「鏡を見る回数がとにかく多いのです」
なぜ何度も鏡を見るのか?
NHKの大河ドラマや朝の連続ドラマ小説に出演する新人俳優たちには、まず、メークルームに置かれた全身が映る大きな鏡に姿を映し、自分の顔を知ってもらいます。私が担当していたころは、まだ学生だった大竹しのぶさんや桃井かおりさん、市川海老蔵さん(当時は新之助)らがいらっしゃいました。
「顔」とは、頭からつま先までの全身のことです。彼らは“自分の顔なんて知っている”とでもいうように、あまり真剣に鏡を見ようとはしませんでした。
ところが、しばらく鏡の前で出演者やスタッフと雑談をしていると、彼らははっとして鏡をのぞきこむのです。
「え、なんか、いつもとちょっと違う顔に見える……」
人は鏡の前に立つとき、良い顔をして映ります。微笑んだり、姿勢を正したり。他人が見ている顔は、無防備に鏡に映る「ちょっと違う私」の方です。人は自分の顔を20%くらい美化して見ますから、鏡に映っているより少し引いて見てください。
いろいろな鏡を見よう
不意打ちで見る鏡ほど、真の姿を映してくれるものはありません。街のショーウィンドーや車のガラス、スマートフォンやタブレットの表面も鏡の役割をします。猫背だったり、むすっとしていたり。洒落たカフェやホテルのロビーの鏡のように、背景や周囲の人と合わせて見ることも自分の姿を知る良い方法です。周囲から浮いているようなら、イヤリングやスカーフを外したり、開いた足を揃えてみます。その場になじむことで、顔にもゆとりが表れるものです。
人の反応もひとつの鏡です。撮影用のメークを作家の川端康成さんにしていたときのことです。
「学校帰りの子供たちが私を見ると避けて通るんです。私の顔って怖いですか?」
川端さんはこけた頬を摩りました。
「くぼんでいると陰ができ、暗い表情に見えやすいのです」
川端さんの頬に脱脂綿を入れて膨らませました。病み上がりの俳優などに行う方法です。
「ああ、なるほど。ちょっとしたことで、印象って変わるものだね」
川端さんは鏡を見てうなずかれました。相手が思うような反応を示さないときには、自分の姿を見つめ直してください。こちらの思いが伝わらない原因が顔のどこかにあるものです。
さあ、はじめましょうか!
女優の吉永小百合さんは、メークを始める40分位前に鏡の前にやってきます。
「岡野さんにとって、鏡ってなに?」
取材で聞かれたそうです。
「鏡って、本当のことを映しているようで、実は嘘物よね」
「そうですね、思ってもいない自分が出てきますからね」
吉永さんは風邪をひいたとか、仕事でスキーをして焼けたなど、たわいもない話をされます。雑談をしながら私に顔を見せてくれているのです。顔は日々変わります。体調やその日のシーン内容などを確認し、どんなふうにつくろうかと練り上がったところで声をかけます。
「吉永さん、さあ、はじめましょうか」
鏡を何度も見ることは、魅力のある顔づくりの大事な準備なのです。
今月のレッスン
色々な鏡をのぞいて自分の顔を知りましょう。
(「Are You Happy?」2017年5月号)