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山之内一豊の妻・千代―夫の成功を支えた“良妻の鏡”

201313時代

 

夫の成功を支え続け大出世に導いた“良妻の鑑”

 山之内一豊の正室、千代(「まつ」という説も)の“内助の功”の逸話をご存じの方も多いでしょう。戦国時代に生まれた千代は子どものころに父親を亡くし、母親に連れられてあちこちの家を転々とする生活を送っていました。
 1573年、成長した千代は山之内一豊と結婚します。一豊は当時織田信長の家臣で、わずか50石取り。極貧のなかの新婚生活でしたが、千代はお米を計る枡を逆さにしてまな板代わりにし、一豊に「これで平気だから、まな板を買わなくてもいいんですよ」と茶目っ気を込めて言うなど、貧乏暮らしを持ち前の明るさで楽しくしていたようです。

 やがて戦が近づき、一豊たちは甲冑姿で馬を信長に披露する「馬揃え」を控えていました。ある日、馬売りが連れてきた毛艶も体格もすばらしい馬に、武将たちはみな目を奪われます。しかし金10両という大金のため、一豊はもちろん、誰も買うことができませんでした。
 家に帰り、「いい馬だった。でもとても買えぬ」と話す一豊に、千代は「あなたや武将さんたちが名馬とおっしゃるなら、本当にいい馬なんでしょうね」と、10両を差し出したのです。驚く一豊に、千代は「嫁入りのときに親が持たせたもので、夫の火急のときのみ使えと言われていました」と話しました。一豊は「なぜ内緒にしていたんだ」と怒ります。すると千代はなにひとつ反論することなく、たださめざめと泣いたそうです。その姿は一豊の胸を打ち、10両でありがたく馬を購入しました。

 馬揃えの日、美しい駿馬に乗ってさっそうと登場した一豊は、他の武将の立派な馬や甲冑に見劣りしないどころか、大注目を集めます。
信長に「見事な馬じゃ。どうやって手に入れた」と尋ねられた一豊は、正直に「妻の持参金で買いました」と答えました。その実直さに信長はますます一豊を気に入り、この馬揃えをきっかけにして、出世の道が開かれていきます。
千代はただ夫を喜ばせようと10両を差し出したのではなく、「武将たちが認める名馬を馬揃えでお披露目すれば、必ず信長さまの目にも留まり、今後の働きも変わってくるだろう。それなら10両も安い」と判断したのでしょう。千代はただの良妻ではなく、先見の明を持つ“投資家”でもあったのです。
 信長に認められた一豊はその後戦で活躍し、手柄を立てます。信長が本能寺の変で倒れてからは豊臣秀吉の家臣となり、近江・長浜城の城主を拝命。秀吉の妻ねねと千代は仲がよく、ねねが気落ちした際には慰めの言葉をかけていたそうです。秀吉の天下統一後は遠江・掛川城の城主となるなど出世を重ね、秀吉の病死後は徳川家康に忠誠を誓います。

 1600年、一豊は家康の上杉討伐に大阪から同行。残った千代のもとに、武将の妻子を人質にとろうと、敵側の武将がやってきます。脅しの文を渡された千代は、大阪の状況と「私は自害する覚悟があります。だから心配せずに、家康さまに忠義を尽くしてください」という決意を書いた一豊宛の手紙を準備し、敵のよこした脅しの文と一緒に文箱に入れました。
さらに秘密の手紙を書き、こより状にして使いの者の笠の紐に織り込みます。その手紙には、「この文箱を開けずに家康さまに届けてください」と書かれていました。
 手紙を読んだ一豊は妻を信じ、文箱を開けずに家康に届けます。千代からの文で状況を知った家康の戦いはぐっと有利になり、文箱を開封せずに差し出した一豊への信頼も高まりました。千代は、一豊の忠誠心を示しつつ危機を伝えるには、この方法が一番と判断したのです。そして関が原の戦いが起こり、徳川の天下に。文箱の件など戦前からの功績を評価された一豊は土佐の一国一城の主となり、20万石が与えられました。

 夫の成功こそが喜びだった千代ですが、夫婦間の幸福だけでなく、「夫の成功は、治める国やその城下の人々をも幸福にする」という大きなビジョンがありました。
 わずか50石取りだった夫を明るく支え、ここぞというときには10両を惜しげもなく差し出す。ピンチのときは命の危険を顧みず、夫の忠誠心を見せる一番の方法で危機を伝える――。まさに“良妻の鑑”である千代の姿に、今を生きる私たちが学ぶべきところはたくさんあります。

©Illustration by Shinichiro Hattori

(2013年3月号)

Profile

鈴木真実哉 

ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ経営成功学部ディーン

1954年埼玉県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。同大学大学院経済学研究科修士課程と博士課程で応用経済学を専攻。玉川大学、法政大学講師、上武大学助教授、聖学院大学教授等を経て、2015年4月よりハッピー・サイエンス・ユニバーシティ 経営成功学部 ディーン。同学部プロフェッサー。著書に『理工系学生のための経済学入門』(文眞堂)他がある。


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