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北条政子―けなげな女性の心と、公明正大な判断力をあわせ持つ「尼将軍」

北条政子(時代を創った女性たち〉記事用

©Illustration by Shinichiro Hattori

 

妻としての政子

源頼朝の正妻であり、「尼将軍」として知られる北条政子。「強い女」のイメージがありますが、その強さは最愛の頼朝の遺した幕府を守り、日本を発展に導くためのものでした。

政子は1157年、伊豆国の豪族・北条時政の長女として生まれました。成長した政子は伊豆に流されていた頼朝と恋に落ちますが、父・時政は違う男性に嫁がせようとします。しかし政子は輿入れ前の夜に屋敷を抜け出し、雨のなか山を越えて頼朝の元へ逃げます。時政も許し、北条家は頼朝側につくことになりました。

結婚当時は流人だった頼朝ですが、平氏を倒して1192年に征夷大将軍となり、鎌倉幕府を開いて天下国家を手にします。政子は御台所として頼朝を支え、二男二女の子どもにも恵まれました。

平氏と戦っていた1185年、頼朝は反目していた弟の義経の側室で、舞の名手として知られる静御前を捕えました。政子の説得で舞を披露した静御前ですが、義経を思う唄を詠んだため頼朝が激怒。そのとき政子は「私だって、嫁ぎ先からあなたの元に逃げました。静が義経を思う気持ちは貞女の証で、女として一流の印です」とかばいました。怒りの解けた頼朝は、静御前に褒美をとらせたそうです。

 

「執権政治」を確立させる

1199年、頼朝は落馬が元で53歳で死亡。政子は仏門に帰依し、「尼御台」と呼ばれるようになります。政子の願いは、頼朝が遺した幕府を末永く発展させること。しかし、頼朝の跡を継いで将軍になった長男の頼家が頼りなく、また頼家の妻の実家が幕府に口を出すなどしたため、政子は頼家を「将軍にふさわしくない」と更迭します。そして次男の実朝を将軍に据え、執権に父の北条時政を任命。政治の実権を執権が握る「執権政治」を導入しました。

しかし、時政は後妻との子を将軍にしようと画策。怒った政子は時政を引退させます。その後、執権は政子の弟の北条義時と、義時の息子の泰時が担い、やっと鎌倉幕府は安定期を迎えますが、1221年、京都の後鳥羽上皇が「権力はやはり天皇にあるべき」と、義時を討つ命令を出し、承久の乱が起きます。

鎌倉の東国武士は天皇を恐れ、弱腰でしたが、政子は鶴岡八幡宮で「皆の者、心をひとつにしてきけ。朝廷はなにかの取り違いで幕府を撃つよう言っているが、あなた方は頼朝の御恩を忘れたのか」と演説。 武士を感動させた政子は泰時に、京都で戦うよう指示します。「執権である泰時が自ら京都に向かえば、東国方の武士は皆ついてくる」という政子の判断は正しく、出発したときにはわずか18騎だった泰時の軍は、道々で幕府に従う武士たちが加勢。京都に着いたときには19万にまで増えていました。

後鳥羽上皇の2万の軍隊はすぐに負けを悟りました。以来、朝廷は幕府に手を出すことはなくなったのです。表で戦ったのは北条泰時らでしたが、裏で参謀や精神的支えとして存在していた政子はまさに「尼将軍」という名にふさわしい存在でした。

 

私心のない判断力

政子は判断力や分析力、論理性、行動の的確性に優れ、トラブル処理能力に長けていました。女性にありがちな感情的な判断もせず、実の息子や父親でも平気で役目を解くほど私心を持たず、よりよい政治のための公明正大な判断ができたのです。また、たいへんな勉強家でもあり、中国で名皇帝と呼ばれた太宗が政治について記した「貞観政要」という書物を翻訳させて学ぶほどでした。単なる将軍の妻や母を超えた存在である政子を人々は信頼し、その判断に従ったのです。
「鬼嫁」「恐妻」とも呼ばれますが、ただ嫉妬深かっただけではなく、「頼朝が妾をつくり、子どもが生まれると権力闘争の火種になる。創成期にそんな理由で揉めていては、幕府は持たない」という広い視点からの判断でもありました。

 

判断の元となる信仰心

信仰心もとても篤く、鎌倉や京都のお寺を建設・寄進したり、鎌倉から熊野詣に何度も訪れるなど、政務以外はほとんど祈祷や供養などの宗教行事を行っていました。仏神を尊敬し、常に仏神の目を意識して政治的判断を続けた政子は69歳でこの世を去りますが、人生を懸けて守った幕府制度はその後数百年間日本を治め、現代に続く発展・繁栄の礎となりました。

 
(「Are You Happy?」2012年8月号【時代を創った女性たち】)

おすすめの本

『北条政子の幸福論―嫉妬・愛・女性の帝王学―』

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大川隆法 著 幸福の科学出版

※全国の書店をはじめ、幸福の科学出版HP、またはAmazonなどでお求めいただけます。

講師

鈴木真実哉 

ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ経営成功学部ディーン

1954年埼玉県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。同大学大学院経済学研究科修士課程と博士課程で応用経済学を専攻。玉川大学、法政大学講師、上武大学助教授、聖学院大学教授等を経て、2015年4月よりハッピー・サイエンス・ユニバーシティ 経営成功学部 ディーン。同学部プロフェッサー。著書に『理工系学生のための経済学入門』(文眞堂)他がある。


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