目に見えないものに感謝できる子どもに育てましょう【子育て110番】(2013年3月号)

「ありがとう、ごめんなさい」

「ありがとう」という感謝の思いが、心の底からこみ上げてきたことがありますか? 誰かに、あるいは何かに、言葉に尽くせないほど深く感謝するという経験は、その人の人生を幸福へと導きます。

二十年近く前、私がはじめての子どもを出産して実家に身を寄せていた、残暑厳しいある日のこと。三時間おきの授乳に睡眠を削られ心身ともに消耗していた私の目の前に、つやつやのざるうどんが、そっと置かれました。

「今は、こういうものしかのどを通らないでしょ。早うお食べ」

と言う母の顔を見た瞬間、私の目から大粒の涙がこぼれました。(お母さん、子どもを育てるって、こんなに大変なことだったんですね。私もこうやって身を削って育ててもらったんですね。そんな親の苦労など考えたこともなく、ひとりで大きくなったような顔をして、もう一人前だと思いあがり、ずいぶん生意気なことを言ってきました。それでも三十近い娘に、食べやすいざるうどんを用意してくれるお母さん……)

「ありがとう、ごめんなさい」

これほどの愛情を与えられていたのに、あたりまえのことだと思って感謝してこなかった自分を、心から反省した瞬間でした。

与えられたものへの感謝

振り返れば、与えられてばかりの人生です。一家の長として働き続け、大学まで行かせてくれた父、父を支えながら子ども三人を育ててくれた母、勉強の楽しさ厳しさを教えてくれた先生。

それだけではありません。私たちが食べるものも、着るものも、住む家も、歩く道路も、自分で作ったものなど何一つない。すべて見知らぬ誰かが作ってくれたもの。現代の私たちは、様々な電気製品に囲まれ、便利な交通機関を利用でき、病気になれば高度な医療が受けられます。それは、先人たちが努力して切り開き、積み上げてきた知恵の結晶である文明のおかげです。

さらに言えば、この魂も、この体も、大地も、空気も、太陽の光も、今日という時間も、すべて神様、仏様から与えられたものです。なんとありがたいことでしょう。

あることが当たり前で、対価を要求されることもなく、だからつい感謝を忘れてしまう私たち。けれど、それこそが本当にありがたいものだったのだと気づいたとき、私たちは、自分のことしか考えてこなかった自分自身の思いあがりや愚かさを反省し、謙虚に感謝し、与えられた恩に報いたいと思うようになるのです。

感謝から報恩へ

ぜひ親子いっしょに、この第7話「感謝をすること」を読んで、「ありがたいね。しあわせだね」と言いながら、親子で感謝の日々を送りましょう。

「ありがとう」は一歳からできます。まずは、人にしてもらったことに「ありがとう」と声に出して感謝することをわが子に教えてあげましょう。長じて、生んで育ててくれた親に感謝できるような子に育てましょう。それがやがて、目に見えない、ありがたいものへの感謝となり、「神様や仏様、世の中の人々にご恩返しがしたい」と思う心を育んでいくでしょう。

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記事DATA

奥田敬子 Keiko Okuda

早稲田大学第一文学部哲学科卒業。現在、幼児教室エンゼルプランVで1~6歳の幼児を指導。毎クラス15分間の親向け「天使をはぐくむ子育て教室」が好評。一男一女の母。