自助論の大家であるサミュエル・スマイルズと二宮尊徳から、その精神を学びます。
努力の大切さを広めたスマイルズ
サミュエル・スマイルズが活躍した19世紀のイギリスは、産業革命に成功し、七つの海を支配する大英帝国を形成していました。医院を開業していたスマイルズでしたが、世界で初めて実用的な蒸気機関車を製作したジョージ・スティーブンソンの伝記『スティーブンソン伝』をきっかけに伝記作家として知られるようになります。後に著した『自助論』では、英雄から一般市民まで300人以上の成功例を記し、「身分や生まれた環境に関わらず、努力によって道は拓かれる」、「努力は、品性を磨き人格を高める道である」ことを人々に示しました。
サミュエル・スマイルズ
(1812~1904)イギリスの作家、医者。1858年に出版された『Self-Help(自助論)』は、日本では中村正直により『西国立志編』として翻訳刊行された。
社会主義から脱却したイギリス
『自助論』は19世紀中ごろにイギリスで出版され、高い評価を受けました。しかし20世紀に入ると、マルクス主義や労働党による社会福祉思想が広がり、重要産業の国有化や社会保障制度の充実を求める声が大きくなって「自助努力」の精神は忘れられていきます。それにしたがって次第に衰退していったイギリスでしたが、「鉄の女」マーガレット・サッチャー首相が、再び自助努力の精神を重んじた政策を行い、イギリス経済を復興させました。
明治維新後の日本近代化の精神に
幕末の1866年、幕府からイギリスへ留学生を送る際に選ばれたのが、漢学や蘭学にも精通し、英語も学んでいた中村正直(まさなお)でした。イギリスから帰国する際に友人から渡された『自助論』を読み、そこにイギリスを発展に導いた精神を見た中村は、帰国後に翻訳を進め、『西国立志編』として出版。同書は明治維新後の新たな時代の指針として多くの日本人が買い求め、100万部の大ベストセラーとなり、日本の近代化に大きな影響を与えました。
「自助論」がより深く学べる、スマイルズの霊言
スマイルズの霊は、2012年に収録された『現代の自助論を求めて』では、マルクス主義を「人のせいや言い訳の哲学」だと喝破。今年1月収録の『サミュエル・スマイルズ「現代的自助論」のヒント』では、リベラルと称する社会福祉思想に警戒を促し、努力して「救われる側」ではなく「救っていける側」の人間になっていくことの大切さについて述べています。
資本主義の精神を体現した 二宮尊徳
二宮尊徳は江戸時代後期、裕福な農家に生まれます。しかし、川の氾濫や両親との死別によって家は没落。尊徳は勤勉と倹約に努め、24歳で家を再興しました。そこで身につけた智慧によって、小田原藩家老・服部家の財政再建を行います。その後も、藩主から命じられた農村の復興を次々と成し遂げ、天保の大飢饉の際も、尊徳の指導によって、小田原藩では餓死者が出なかったといいます。晩年は幕臣となって一部幕府領の再建に取り組むかたわら、諸家、諸領の復興指導も続け、その生き方と思想は、日本の資本主義精神のもととなりました。
二宮尊徳(1787~1856)
江戸時代後期の農政家・思想家。通称、金次郎。経世済民を目指して報徳思想を唱え、600カ所以上の農村や藩領の復興に携わった。
逆境から「積小為大」を悟る
尊徳といえば、薪を背負いながら四書五経の『大学』を読む姿の銅像が有名です。これは、両親と死別し、伯父のもとに預けられたときの逸話がモデルになっています。尊徳は伯父に冷遇されるも、昼間は農作業に励み、夜は寝ずに書物を読みました。夜に勉強するための灯りに使う油を得るため、菜種を自ら育てたり、作業の合間に捨てられていた苗を育てて収穫し、生家再興の元手にするなど、自助努力を重ね、「積小為大」の理を発見したのです。
徳によって人々を導く
尊徳が世に名前を知られるきっかけとなったのが、桜町領の復興です。尊徳は、田畑や家財をすべて売り払い、この事業に身を投じます。その際、藩主からの復興補助金は一切受け取りませんでした。守旧派からの妨害を受けるも、尊徳の無私の姿に村民も心を動かされ、復興を成し遂げます。尊徳は、村民の心を耕すことを何より大事にし、復興を妨害した豊田正作(とよだせいさく)も、後に尊徳の門弟となり報徳仕法(尊徳が生み出した財政再建の方法)を広めました。
オススメBook
今後政府が「貯金税」「消費増税」を狙ってくることに警鐘を鳴らし、「知恵のある自助論」が必要であると説きました。
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