【子育て110番】小さいころからお手伝いはどんどんさせましょう!(2013年11月号)

小さな皇帝の悲劇

小皇帝という言葉をご存じですか?

中国では70年代末から一人っ子政策がとられ、中産階層以上の家庭では、たったひとりのわが子を過保護に育て、衣食や教育を過剰に与える傾向が見られるようになり、その子たちが思春期を迎えたころから「わがまま」「自己中心」「忍耐力の欠如」という傾向が見られるようになって社会問題化しました。

中国では彼らのことを、皮肉をこめて「小皇帝」と呼びます。その世代が社会人となった近年では「高学歴の失業者」問題が噴出しています。勉強はできて良い学校には入れたけれど、社会で通用しない小さな皇帝を集団で生み出してしまったのです。

子どもに良い教育を与えることも、子ども自身が小さいころから勉強に勤しむことも、たいへん良いことです。しかし、もし親が「将来の出世のために、あなたは勉強さえしていればいいのよ」と言って、子どもに勉強か娯楽の時間しか与えなかったら、日本でも、同じように小さな皇帝をたくさん生み出してしまうでしょう。

みんなの役に立つという経験

子どもに勉強か娯楽しか与えないような教育、自分のことさえやっていれば許されるような教育は、とても危険だといえます。

前回、お手伝いのさせ方の基本を書きましたが、お手伝いをすると、みんなの役に立つという経験、それにより褒められるという経験をたくさんします。また、学校では学べないような社会勉強をいろいろ経験できます。お手伝いには、よい教育効果がたくさんあるのです。

私の社会勉強

うちの母は、私に手伝いをさせるのがうまくて、毎日毎日、実に様々なお手伝いをさせられました。食後の皿洗いは、最後の一枚を洗い上げるまでがお仕事です。途中で見たいテレビが始まると投げ出したくなるのですが、「あなたは手早くて上手い」とたびたび褒められるので、ついつい乗せられて、最後まで忍耐強くやり終える習慣がつきました。母のお気に入りの高価な食器を割ったとき、母は私をひと言も責めず「ケガはない?」と心配してくれました。私が「どうして怒らないの?」と聞くと「あなた自身が誰よりも後悔しているでしょ。反省している人を責める必要はないのよ」と教えてくれました。

かと思うと、さやえんどうのスジ取りは、毎回容赦なく、「上手に取らないとおいしくない」とダメ出しをされ、いつも試行錯誤の連続でした。

私が牛肉と豚肉を間違えて買って帰ったとき、「今日はすき焼きじゃないの?」と言う父に「今日は豚肉料理!」と言い切った母。明日からは絶対に買い間違えないぞ、と決意しました。
忘れられないお使いがあります。

まだ小学生だったある日、母に大きな紫の風呂敷包みを渡されました。それは、交通事故で突然この世を去った、私の年下の友だちへのお供え物のお届けでした。私は、自分も何かお供えをあげたいと思い、道すがら咲いていたオレンジ色の花を一輪、風呂敷に挿しました。おばちゃんは、その花を見て、玄関先でいっぱい泣きました。

みなさんは、お子さんにどんなお手伝いをさせてあげていますか?

Illustration by Mika Kameo

記事DATA

奥田敬子 Keiko Okuda

早稲田大学第一文学部哲学科卒業。現在、幼児教室エンゼルプランVで1~6歳の幼児を指導。毎クラス15分間の親向け「天使をはぐくむ子育て教室」が好評。一男一女の母。