鏡を見ていますか?
マスクをする生活が続き、鏡を見る機会が減った人もいるでしょう。マスクで顔が隠れるこのような時期だからこそのぞいてほしい鏡があります。世の中という大きな鏡です。今回は、その大きな鏡の中で見た、チャーミングな女性ふたりを紹介します。
マッサージを欠かさない理由
マザー・テレサさんが日本のテレビに出演することになり、メークを担当する私の背後で、お付きのシスターたちが念じていました。
(変な化粧をされませんように!)
声こそ聞こえませんが、強い願いは伝わってくるものです。
私が彼女にしたことは、かさついた肌を化粧水と蒸しタオルで潤わせ、少量のファンデーションを気になる数個のイボに塗っただけです。わずかなオリーブ油を眉につけ、爽やかさとイキイキした印象を浮き上がらせました。
「終わりました」
鏡越しにシスターたちが繰り返しうなずく姿が見えました。
彼女の美しさの源は、乳液でツヤを出した深いシワにあることを皆知っているのです。
メークを終え、テレサさんから差し出された手は、顔の肌とは違い柔らかいものでした。聞けば、障害者の足をもみ、病人の背中をなでて痛みを取る大事な手なので、クリームを塗って手入れをしているといいます。
(ああ)。その手で病人の体からウジをつまみ出している話を思い出しました。握っている柔らかな手の感触と、目の前にある深いシワのある笑顔が組み合わさり、彼女は美しい存在として私の心に残っています。
緒方貞子さんが取り出した物
もうおひとかた、世界を飛び回るチャーミングな人は、国連難民高等弁務官であった緒方貞子さんです。アフリカや中近東を、埃まみれでなりふり構わず飛んで歩くスタイルの方だと思われていますが、実はおしゃれの好きな方でした。
弁務官として難民基金応募お願いのパーティーに参加されるということで、ファッションの相談に乗りました。ジュン アシダの明紺のスーツに、光沢のあるパールホワイトのインナーを合わせ、トレードマークの赤い口紅をさしています。
「マニキュアは口紅と同色だとバランスは取れますが、格好良すぎます」
小袋から取り出した数本のマニキュアからパールの入った桜貝色を選び、ネックレスは、同じ袋からのぞいていた二連の真珠をすすめました。
「金のネックレスはダメでしょうか? 薄暗い会場で光るのも良いかなーと思ったのだけど」
「マニキュアがパール系なので、そこで合わせて品格も出しましょう」
「そうね、皆さん着飾って宝石類が多いから、渋い光にしましょう」
緒方さんは、そこで静かに目を閉じ、ひと呼吸されました。
「会場は薄暗いけれど、スポットライトが集まるので、指輪も時計も光ものはいりませんね。それと、これを胸に付けたいのですが」
取り出したのは、木片でできた民族人形のブローチでした。
ケニアの子供にもらったものだそうです。
「きっと会話が弾みますね」
人を美しいと思うとき
翌日の新聞には、その人形の話題が掲載されました。
「今回は、私が主役をとってニュースになることを目的にしたので、私の立ち位置は良かったと思います」
緒方さんは常に自分のいる場所を俯瞰で見られているのです。
共通の知人のパーティーで、明かりの少ない場所にいる緒方さんが記者に気が付かれたと同事に会釈をし、退場していく姿を見かけました。その一連の振る舞いは、シンプルなスーツ姿の彼女を輝かせました。
人を美しいと思うのは、このようなときなのです。
© K’s color atelier
広い世界に立つ自分を想像してみよう
今月のレッスン
世の中という大きな鏡にあなたの姿を映してみましょう。
(「Are You Happy?」2021年10月号)
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