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北政所(ねね・高台院)―政治的手腕にすぐれた‟日本の母”

Kodai-in_Nene

夫・秀吉の出世

豊臣秀吉の妻として有名な北政所・ねね(おねなど諸説あり)。「北政所」は摂政・関白の正室に対する称号でしたが、ねねが北政所と呼ばれるようになって以降、歴史上で北政所といえばねねを指すようになりました。

ねねは1547年ごろ、尾張国(現在の愛知県)に杉浦家の次女として生まれますが、貧しさから親戚の浅野家の養子となります。14歳のころ、織田信長が狩りの帰りに浅野家に寄った際、お茶を出したねねの美しさを認め、部下の藤吉郎に結婚を進言したとされています。ねねの母・朝日の反対を押し切ってふたりは結婚。土間に筵を敷いたような粗末な場所で結婚式を挙げました。朝日は生涯にわたってこの結婚を反対していたそうです。

結婚当時はねねより藤吉郎のほうが身分が低く、貧しい生活でしたが、健気に支える妻の存在もあってか、藤吉郎はめきめきと頭角を現し、数々の戦で手柄をあげ、秀吉と改名します。ねねと秀吉の間に子どもはいませんでしたが、ねねは自分や秀吉の親戚の子を自分の子のようにかわいがり、養子や家臣として慈しみ育てました。その中には、後に名を遺した加藤清正や福島正則らもいました。

1573年、秀吉は近江国長浜城(現在の滋賀県)の城主として、12万石の大名になります。長浜は大きな藩でしたが、秀吉は遠征で城を空けることも多く、その間は、ねねがほとんどひとりで代行として政治を取り仕切っていました。
当時はまだ城下町がうまく機能しておらず、長浜の町に移住すれば税金などが免除されるという期間限定の特権が発されていました。ねねはこの特権を継続させようと東奔西走したといいます。夫とともに、どうすれば藩が発展するかを常に考える政治的才能にあふれていたのです。

天下人を支える参謀役

1582年、信長が死亡した本能寺の変が勃発。秀吉はその後、賤ヶ岳の戦いなどを制し、大坂城を築きます。そして1585年、秀吉は関白に任官。ねねも従三位に叙せられ、北政所の称号を許されました。

北政所は単なる正妻ではなく、豊臣政権の事実上の補佐、参謀役でした。関白の重要な仕事のひとつに朝廷との交渉がありますが、それを北政所はすべて引き受け、なみいる貴族や皇族相手に丁々発止の交渉をくり広げていたのです。さらに戦で秀吉が勝つと、負けた大名は人質として妻子を差し出しますが、監視を含めて面倒を見たのも北政所でした。そのなかには後の徳川二代将軍秀忠もおり、北政所は非常にかわいがり、育てていました。

秀吉との阿吽の呼吸で、大坂城の女主人のような北政所の存在もあり、秀吉は大義名分によって後北条氏を征伐。天下統一をなし遂げます。1592年の朝鮮出兵では、秀吉の不在中に発生する問題は北政所がすべて解決。秀吉が天下人なら、正妻の北政所は日本の母といえる存在でした。

当時日本で布教活動を行っていたイエズス会宣教師ルイス・フロイスも北政所を慕い、秀吉への陳情は北政所を通していました。ルイスは日本について記した著書『日本史』で、北政所を「極めて思慮深く、稀有の素質を備えており、他の夫人たちはこの第一夫人に従い、関白(秀吉)は彼女を奥方と認めている」などと評価しています。ルイスからすると、北政所はロシアの女帝エカテリーナや神聖ローマ皇后マリア・テレジアと同等に見えていたのでしょう。

京都で出家

1598年に秀吉が死去すると、北政所は翌年には潔く大坂城を出、京都に移ります。その後落飾(出家)し、朝廷から高台院という院号を賜り、高台寺で秀吉や母らを弔って暮らします。

そして大坂冬の陣・夏の陣が勃発。秀吉と共に築いた豊臣家は滅びてしまいます。北政所は京都の高台から燃え盛る大坂城を見ながら「何も言うことはありません」とつぶやいたそうです。

秀吉の正妻だった北政所は、徳川側からすると封じたい存在。しかし元戦友の家康や、子どものころから母親のように世話をされた秀忠らは、北政所に恩を感じており、特別な存在として扱いました。

北政所は、地位を得てからも貧しかったころの話をあっけらかんと話す、さっぱりした女性でした。夫を天下人にまで出世させ、自らも片腕として政治手腕を発揮する傍ら、縁あった子どもたちを慈しみ育てる。まさに日本の母であり、日本女性の鑑のような存在です。

 
(「Are You Happy?」2013年12月号【時代を創った女性たち】)

鈴木真実哉 

ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ経営成功学部ディーン

1954年埼玉県生まれ。早稲田大学政治経済学部卒業。同大学大学院経済学研究科修士課程と博士課程で応用経済学を専攻。玉川大学、法政大学講師、上武大学助教授、聖学院大学教授等を経て、2015年4月よりハッピー・サイエンス・ユニバーシティ 経営成功学部 ディーン。同学部プロフェッサー。著書に『理工系学生のための経済学入門』(文眞堂)他がある。

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