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潤う肌は、生きている証〔岡野宏のビューティーレッスン〕

肌が潤うと心も潤う

「なぜ炊飯係の人は肌がきれいなのか、その理由が分かった」

あるとき、作家で精神科医でもある北杜夫さんがおっしゃいました。当時、まだ鬱(うつ)病にはこれという治療法がなく、暇を持て余した入院患者が「何か手伝いたい」というので炊飯係をお願いしたところ、彼女の肌は絶えず釜から上がる蒸気で見違えるほど潤い、きれいになったそうです。

水分を多く含んだ空気は、肌をしっとりさせてくれます。世界を回る船員たちの間で、屋久島の霧のシャワーが人気なのだと聞きました。乾燥している甲板と肌を傷める塩水を相手に戦う船員にとって、それは、心と肌を潤す神からの最高の恵みなのです。

肌が潤うと、心も潤うことにつながります。「この病院に入院してから肌がかさかさになった」というのが口癖だった入院患者の心にも変化をもたらし、病状も回復に向かったそうです。

日常の中で肌を潤す

日常生活の中でも、ちょっとしたことで肌に潤いを与えることができます。女優の江波杏子さんは炊飯器の蒸気の出る穴にお盆を添え、手前に傾け顔に当て、樹木希林さんはポットのお湯を捨てるとき、蓋を開けて立ち上る蒸気に顔を5分ほど当て、肌を潤わせていました。

パリの一流のホテルと二流のホテルの差は、保湿器があるかないかです。肌が乾燥していると感じたら、バスタブにお湯を張ったままお休みください。バスタブのないときは、びしょびしょに濡らしたタオルをあちこちにかけると、乾燥から肌も喉も守ってくれます。

油分で蓋をする

北京、内モンゴル、成都と長期に渡る撮影に行ったときのことです。

現場に入ると、中国人のスタッフにだけ虫がたかっています。原因は肌に塗ったゴマ油やラードの香ばしい匂いでした。なぜ、そんなことをと思っていましたが、理由はすぐ分かりました。乾燥で全身が痒くなったのです。日本を発つ前に作家の井上靖さんから、「内陸に行くなら、ぜひワセリンをお持ちなさい」と言われたことを思い出しました。

さらに1カ月経ったころ、肌の潤いを保っていたのは中国のスタッフで、慌てて取り寄せたワセリンを塗った日本のスタッフよりもしっとりしています。その秘密を教えてもらいました。

「風呂に入った後、まだ肌が濡れている間に身体に油を塗るのです」

水分が蒸発しないうちに油分で蓋をするのが、乾燥させないコツでした。

冒頭の、鬱病患者の方の肌に幸いしたのは、飯炊き釜の隣で揚げ物をしていたことでした。蒸気で潤った肌を、揚げ物の油分で蓋をした状態になっていたのです。化粧水も水分です。肌を乾燥させないためには、乳液やクリームの油分でしっかり蓋をし、水分を閉じ込めましょう。

潤う肌で生を大事に

世界中を回られた作家の兼高かおるさんは、日本に帰って来て、まず温泉に入りたくなるのだそうです。

「本能的に肌が湿度を求めているのですね」

乾燥の強い内モンゴルを訪ねたとき、『月山』の著者・森敦さんから伺った即身仏の話を思い出しました。人間を乾燥させた先にあるものは、死でありミイラです。

「それならば、潤いのある肌で気持ちよく生きることが、生を大事にすることであり、美しく生きている証拠だよね」

乾燥は、顔よりも先に、ひじやかかと、足やウエスト回りから始まります。冷房で乾燥している今から、全身の乾燥対策を始めましょう。

© K’s color atelier

「水分補給で 心身ともに 生き生きと」

今月のレッスン

水分で肌を潤したらすぐに油分で蓋をしましょう。

 (「Are You Happy?」2019年9月号)


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