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変身のすすめ-岡野宏のビューティーレッスン

40年にわたりNHK美粧部に在籍し、国内外の女優や政治家などのメークアップに携わってきた岡野宏さんが考える「魅力ある人」とは? さあ、一緒に美しさへの一歩を踏み出しましょう。

「変身」は「変心」

子供のころ、誰もが「変身」に憧れたことがあるでしょう。

お母さんのスカーフを首に巻くと、いつもより高い場所から飛び降りたくなるのは、強いヒーローに変身しているからです。

変身は、夢が広がり心豊かになる大事な行為ですが、その姿に沿うように心も変化するおもしろさがあります。

 

新たな一面を引き出す「変心」

映画「アナと雪の女王」がヒットしてから、子供たちが“ごっこ遊び”でドレスを着るようになり、親がその思わぬ効果に喜んでいました。

「いつもなら下着が見えるのも気にせず走り回っている子が、ドレスを着ているときはお行儀よくて言葉遣いも丁寧になるんです」変身の力は大人にも同様に現れます。

女優たちに人気の遊女や花魁の役は、普段は着ないような衣装に惹かれる部分もあるのでしょうが、それ以上に、衣装を身につけると日常とはかけ離れた自分と出会える楽しみがあるようです。越路吹雪さんが花魁を演じたときは、吊るされた花魁の衣装やかつらを前に雑談をしながら、徐々に気持ちを変えていかれました。

「こうやって時間をかけるのが、心の芯から変えられる方法なの」

衣装に袖を通したときには、仕草も表情も艶やかで、香りまで匂い立つようでした。

「扮装すると、こんな自分がいたのかって思うような大胆な言葉がすんなり出てくるのよね」

知らない自分に出会えるのも変身の魅力です。

 

変身は心を助ける

さて、自分の得意でないことをしなければならないとき、相手との関係を変えたいときなど、ちょっとした変身が、心を押してくれることがあります。

ある年の子供の日、当時の大平正芳総理が、報道用に子供たちと遊ぶところを撮影することになりました。大平総理は歴代総理の中でも一、二を争う怖い顔の持ち主です。

「いやー困った、いるだけで泣き出す子が出るのでね」
「大丈夫です。かわいい顔の総理をつくりますから」

政治家も撮影のときにはメークをしますが、そのとき担当だった私は、怖い印象の原因になっている薄い眉を程よく濃くし、眉尻を下げ気味に描き、鋭い一重の目の印象を和らげるため、下のまつ毛の間にラインを入れて目尻を下げました。スーツの上着をカーディガンに替えてもらい、鏡を見ていただきます。
「ほー」
総理は目尻を下げました。
「総理、とても良いです。私も話しやすいです」
秘書の方もつられて笑顔になります。撮影の結果は大成功で、先入観のない子供たちは、最後には総理の膝に乗る子まで出るほどなついてくれました。

「この顔は良いねー。国会ではいつもの顔が必要だけど、時々変身させてもらおうかネ」

人の顔には居場所に合わせた雰囲気が染み付いていることがあります。変身することで、それらが取り除かれ、内側にある別の面が表に現れるのです。

 

変身のすすめ

変身は特別なものではなく、もっと身近なもので、例えば朝、顔を洗い、髪をとかしエプロンを掛けると、(さぁ、みんなのためにご飯をおいしく作ろう)と思えるのは、素敵なお母さんへの変身です。むしゃくしゃしていても、変身していると思えば笑顔をつくりやすくなるでしょう。

メーキャップをしていると、人の心の奥深さに驚かされることがあります。時には変身に挑戦し、新たな一面を見つけてみてはいかがでしょうか?

 

© K’s color atelier

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心の幅が広がります。

 
(「Are You Happy?」2018年8月号)


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