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親思うこころにまさる親ごころ【子育て110番】

子育て110番

子を持って知る親の恩

この「子育て110番」をお読みのパパやママは、ご自分のお父さんやお母さんの看病をしたことがありますか? 私はあります。ただそれは、数えられる程度の回数でしかありません。本当に看病になっていたかどうかも怪しいものです。

子どもを持ち、育ててみてはじめてわかることですが、子どもというのは実によく病気やけがをするものです。とくに乳幼児期は、冬場や季節の変わり目になると、鼻水、せきから始まって、発熱、発疹、下痢、中耳炎など様々な症状を起こします。その度に、心配しながら小児科へ連れて行き、嫌がる薬を苦心して飲ませ、「早くよくなりますように、少しでも楽になりますように」と祈りながら、ときには寝ずの看病をすることもあります。

今月小児科に行くのは何度目かしら……とため息をつきながらも、わが子を放ってはおけません。手がかかる、でも愛おしい。わが子でなければこれほどは頑張れない。

「子を持って知る親の恩」ということわざが心に沁みます。自分も、こんなたいへんな思いをして育ててもらったのだろうかと思うとき、成人前にはさして感じもしなかった親への感謝の気持ちが湧いてきます。

 

吉田松陰の遺した言葉

「親思うこころにまさる親ごころ けふの音づれ何ときくらん」

これは、かの明治維新の精神的指導者であり、日本の夜明けを切り開いた名だたる維新の志士らの師であった吉田松陰が、死刑の数日前に郷里・萩の父母らに宛てて送った歌です。

「死して不朽の見込みあらばいつでも死すべし」(死んで不朽の偉業を成し遂げることができるなら、自分はいつ死んでもいい)――その覚悟で大志を貫き、死刑を甘んじて受ける松陰。しかし、親思いの心やさしい松陰は考えます。この知らせを聞いた親は、どれほどに悲しむことだろうかと。

子が親を思う心。その心にはるかに勝る親の深い愛。果たして、吉田松陰の父母は、どのような思いで息子の辞世の歌を読んだのでしょうか。

 

山より大きなイノシシ

親というのはありがたいものです。子どもがいくつになっても、「元気だろうか」「幸せにやっているだろうか」と、心ひそかに案じてくれています。

また親というのは、わが子のためには、ときに非凡な力を見せるものなのかもしれません。

家業がたいへんな経営危機にあって夜も眠れないような日々のなかで、大学受験に失敗した私に、母がこう言ってくれました。

「山より大きなイノシシは出ん。命まで取られはしないから、まずはしっかりご飯をお食べ」

また大学時代、失恋をして何日もご飯がのどを通らず泣き暮らしていた私に、母が心配して理由を聞いてきたので、本当のことを言いました。すると、

「あははは、なーんだ、そんなこと」と笑い飛ばされてしまいました。

親とは、本当にありがたいものです。いつか、わが子が人生のピンチを迎えたときには、自分もまたどっしりと構えて、わが子を励まし、未来に向かって力強く送り出したいものです。

Illustration by Mika Kameo

奥田敬子 

早稲田大学第一文学部哲学科卒業。現在、幼児教室エンゼルプランVで1~6歳の幼児を指導。毎クラス15分間の親向け「天使をはぐくむ子育て教室」が好評。一男一女の母。

 

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