web-201808-体験談塩田さん

<体験談/妻との死別>「悲しみすぎないで」 妻の最期の言葉を守って――。

夫婦で幸福の科学の活動をしていた塩田裕さん・とよ子さん。裕さんは2017年に妻とよ子さんを享年60歳で亡くしました。

妻の最期の言葉

 「家族仲良く、孫の面倒も見るように。それから、あんまり悲しみすぎないで」――。

 病室に泊まり込んだ私に、妻はゆっくりとそう言いました。思えば、あのときはもう覚悟していたんでしょう。

 37年連れ添った妻のとよ子が亡くなったのは、昨年の春のことです。10年前に手術したがんがリンパに転移。医師からは、「普通に元気に暮らしているのが奇跡」と言われました。でも、私はどこかピンと来ませんでした。体のむくみさえ取れれば、治るんじゃないかという思いがあったんです。

 夫婦ともども、あの世があることを確信していたので、死ぬことが怖いということはありませんでした。彼女自身、お見舞いに来てくださった方や看護師さんにもそう言って笑っていましたし、亡くなる2週間前には自分の葬儀の打ち合わせをして、返礼の品も自分で選んだくらいです。親戚を呼んでお別れの挨拶をし、最期は痛み止めのモルヒネで眠って、そのまま静かに旅立っていきました。

 妻が亡くなってすぐは、寝つけない日が続きました。夜は妻に用事を頼まれることが多かったので、数時間おきに目が覚めるのです。「またいつか天上界で会える」と思っても、やはり寂しさが募り、お風呂に入っているときに、ふと涙が流れるようなこともありました。ずっと隣にいた人が、今はもういない――突然、その現実を思い出してしまうんです。

 しばらくすると、地域のボランティア活動の仕事が忙しくなってきました。目の前にやらなければいけないことが山積みで、逆にそれがよかったのかもしれません。同じ敷地内に住む娘夫婦や孫との触れ合いにも慰められ、悲しみは次第に和らいでいきました。

 そんなとき、妻と親しくしていた友人から、「とよ子さんが、盛大なパーティーをしている夢を見たわ。きっと、あの世で〝お帰りなさい〟と喜ばれているのよ」と言われたんです。

 もちろん、それを立証する手立てなどありません。でも、生前、フラワーアレンジメントやパティシエの資格を取るなど、多趣味で社交的だった彼女らしい話に、胸が温かくなりました。何より、友人たちとの楽しい思い出話に、「一人ではない」と心励まされる思いがしたのです。しかも、ちょうどそのころ私も、光り輝く妻の姿を夢に見たんです。「彼女はもう、あの世で元気に暮らしているんだなあ」と、なんだかホッとしました。  

アユハ2018年8月号表紙 (590x800)
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