偉人を育てた母

偉人を育てた母「東郷平八郎の母・東郷益子 この母にしてこの子あり、 息子の豪傑さは母譲り?」

いまも世界で語り継がれる功績を持つ偉人たち。彼らを育てたのは、どんな母親だったのでしょうか。4人の偉大なる母を紹介します。

清・日露戦争の海軍司令官として日本の勝利に大きく貢献した東郷平八郎(とうごうへいはちろう)。日露戦争でロシアのバルチック艦隊を破った際、旗艦三笠(きかんみかさ)の艦上で仁王立ちになり、最前線で戦局を睨み続けていた雄姿は伝説となっている。
平八郎は1848年、鹿児島県に藩士の四男として生まれる。3人の兄たちとともに、母・益子(ますこ)に「いずれはお国の役に立つ人になる」と大切に育てられた。
863年、江戸末期の薩英(さつえい)戦争では、17歳の平八郎も兄たちとともに配置についた。益子は家で武運を祈っていたが、大砲の音が轟き始めると、いてもたってもいられなくなった。
そこで益子は大きな釜にサツマ汁をたっぷり作り、さらに食べ物をたくさん用意して陣地に急ぐ。
然の慰問に武士たちは大感激。しかし次の瞬間、敵の砲弾が破裂し、武士たちは慌てて身を伏せる。立ち込めた砲煙が薄れていったときに見えたものは、一切身を隠さず、みだれ髪のまま仁王立ちをする益子の姿だった。
後の平八郎の姿を髣髴(ほうふつ)とさせる益子の豪傑ぶりや、神々しいまでの凛々しさは、その後長く語り継がれたという。

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