web-201704-クローズアップ釈さん

Close up 釈量子 「私が戦い続けられる理由」

幸福実現党を率いる女性党首・釈量子。街頭演説で真剣に政策を訴える姿からは、ある種の男らしさを感じるが、一方で、女性や若者の相談に涙ながらに答えるような情に厚い一面も持ち、老若男女問わず親しまれている。そんな釈の強さや包容力の根源に迫る。

どんな幼少期を送っていたのですか?――そう尋ねると、笑いながら「一言でいえば〝悩み〟ですね」と答えてくれた幸福実現党党首・釈量子。釈の悩みは尽きることなく、いつしか「自分は何者なのか。どこから来て、どこへ行くのか」という人間として根本的な問いへと変わっていった。そして、その〝答え”を与えてくれたのは、大学生のときに出合った幸福の科学の教え(仏法真理)だった。

幼少期から「善悪」に悩む

釈は1969年に東京都小平市に生まれた。幼いころから、夢は「婦人警官になって悪い人をこらしめたい」というくらい、〝善悪〟に対する観念が強かったという。
「ずっと『何が正しいのか』が分からなくて悩んでいました。幼稚園児のころ、親戚のいる秋田県に行くために家族で夜行列車に乗ったんです。そのとき、両親から家でいつも使っているものとは違う使い捨ての歯ブラシを渡されたので、『もしかしてお父さんがどこかから盗んできちゃったのかな!?』と勘違いして悩んでしまったことがあります」
小学生のとき、ある事件が起こる。
「友達の上履きを勝手に履いていたら、『上履きがない! 盗まれた!』と大騒ぎになってしまったんです。それで本当のことを言い出せなくなって苦しみました。結局後でバレて先生に思いきり怒られたのですが、『嘘をついてはいけない』と、身を持って学びました」
この罪悪感は何年も消えなかった。

「どうしよう」が口癖の学生時代

小学校は、素晴らしい先生ばかりで生徒の仲もよく、理想的な学校だったが、中学に進学すると環境は激変する。当時は、不良少女を描いたドラマ「積木くずし」が流行し、「青少年の非行」が社会問題化していた。世の中全体が暗く、学校は荒れていた……

四月号表紙
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記事DATA

釈量子 

幸福実現党党首

1969年11月10日、東京都小平市生まれ。國學院大學文学部史学科卒業後、大手家庭紙メーカー勤務を経て、1994年に宗教法人幸福の科学に入局。学生局長、青年局長、常務理事などを歴任。幸福実現党女性局長などを経て、2013年7月幸福実現党党首に就任。

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