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ギリシャの美を求めてvol.1 “「愛」と「美」の 発展段階について”

「新時代の美」の創造のために日々活動を続ける芸能事務所ニュースター・プロダクション。今月から3回にわたり、芸能統括専務取締役・竹内久顕氏による「ギリシャの美」についての連載をお届けします。

美の本質は
霊的バイブレーション

 ギリシャの青く透明な空、白い砂浜、コバルトブルーのエーゲ海――。ギリシャはとても美しい自然に囲まれた神話の地です。本連載では全3回にわたり「愛」と「美」の考察をとおして、ギリシャ的な美とは何かを探求してみたいと思います。
 大川総裁は、『愛から祈りへ』のなかで、「ギリシャ的愛の精神とは、単に人を愛するということのみではなく、愛のなかに美があり、愛のなかに知があるというものでした」(P・14)と、述べています。つまり、「愛」があるなかに、自然と「美」が現出していなければ、ギリシャ的な美とは言えないということです。
 先般、上野の森美術館で開催されている「デトロイト美術館展」に行きました。そこには、ルノワールが自身の子供をモデルに描いた「白い服の道化師」(図①)という作品が展示されていました。鑑賞していると、ルノワールの愛や喜び、未来への希望、こうしたものが私の魂の中に入りこんできました。すると、私の中にある美の精神もそれに呼応して、神秘的なパワーがこみ上げてくるのです。他にも、モネ、セザンヌ、ピカソといった作品があり、霊的バイブレーションを宿した絵のパワーを味わってきました。
 ところが、ドガやゴーギャン(図②)の絵画からは、霊的バイブレーションを感じることができませんでした。これはあくまでも私の所見ですが、ルノワールやモネの絵画で感じた美の光が、それらを見ることで、どんどん薄れていくように感じました。
 人は理屈で感動はしません。結局、その作品が宿している霊的バイブレーションが、それを観る人の心に宿り、そこに感動が生まれるのだと思います。芸術作品には、霊的バイブレーションが宿っており、美の本質はそこにあるということです。

愛なき美は
ほんものではない

 古代ギリシャの哲学者プラトンは、「芸術家はいわば神々の通訳者である」「詩人にとりつく狂気こそ神々の賜物である」と、美について言及しています。つまり、芸術家とは、神の御心を翻訳して、作品を通して伝える者であり、神々と人々をつなぐパイプ役でもあるということです。……

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講師

竹内久顕 Hisaaki Takeuchi

ニュースター・プロダクション 芸能統括専務取締役

1978年、東京生まれ。2001年、日本大学卒業後、幸福の科学に入局。総裁秘書部門を経て現職。