天安門事件体験者に聞く 中国民主運動家・方政さん× 若者座談会

2016年5月、「六四天安門事件」で戦車にひかれて両足を失った中国の民主運動家・方政さんが初来日。幸福実現党の政策や姿勢に賛同する17人の若者たちとの座談会が開催されました。国際問題に興味を持つ政治女子・濱島優子さんとともに「中国の今」そして「国際社会のこれから」に迫ります。

国際派を目指す政治女子
濱島優子さん(東京都・22歳)
「天安門事件について、もっと知りたくて参加しました。実際に現場にいた方から、どんなお話が聞けるのか興味深いです」

まずはここから

六四天安門事件って?

1989年6月4日、中国・北京市天安門広場に学生を中心とするデモ隊が結集し、民主化を求めて声をあげました。しかし中国人民解放軍は無抵抗の学生たちを武力弾圧し、無差別発砲や、装甲車でひき殺すなどの残虐な行為によって鎮圧。当時の国際社会から強い非難を浴びました。中国共産党の発表による死者は319人とされていますが、実際の死者数は数千から数万人ともいわれており、現在もその正確な数は分かっていません。中国国内では徹底的に天安門事件の隠ぺいがなされ、歴史教育では「中国人民解放軍を襲った暴徒を正当防衛で鎮圧した」などと教えられ、事件の存在すら知らない学生や若者が増えています。

天安門写真

 

祖国・中国の民主化をめざし足を失っても活動を続ける

方政さん(以下、方) 皆さん、こんにちは! 今日は日本の若者の皆さんと交流できることをとてもうれしく思っています。もうすぐ天安門事件が起こった6月4日。私はこの事件の当事者であり、戦車で両足を失った被害者でもあります。日本の皆さんに、中国で何が起こったのかを知っていただきたいと思っています。できる限り質問にお答えしますので、よろしくお願いいたします。
若者(以下、若) 貴重な機会をいただきありがとうございます。まずお伺いしたいのですが、方政さんはどのような経緯で天安門事件に関わられたのでしょうか?
方 私は中国の安徽省の生まれで、元々スポーツが得意だったので、当時は北京体育大学に通っていました。中国では言論、結社、信仰の自由を認めない共産党の一党独裁政権が続いています。私はそんな体制に疑問を抱き、中国を民主化してさまざまな問題を解決したいという思いで、政治運動に参加するようになったのです。
天安門事件で足を失ってからもアスリートを続け、障害者スポーツのやり投げと円盤投げで全国優勝したのですが、政府は天安門事件の当事者である私を表舞台に出さないために世界大会への出場権を奪いました。その後も繰り返し政府による弾圧を受けたため、2009年にアメリカのサンフランシスコへ移住したのです。

 

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方政さん座談会集合写真

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記事DATA

方政 

1966年生まれ。中国安徽省合肥市出身。1989年、北京体育大学を卒業。同年6月4日「六四天安門事件」の中で、中国人民解放軍の戦車に踏み潰されて 両足を切断。1992年、中華人民共和国全国残疾人運動会にて、2種目で優勝。1994年に開催される障害者スポーツの国際大会「フェスピック」に中国代 表としての出場資格を得る。しかし天安門事件を隠ぺいしようとしている中国政府によって資格が取り消しとなる。2009年、家族とともにアメリカのサンフ ランシスコに渡り、現在はアメリカで中国民主化運動に取り組んでいる。