「仕事の報酬は人の喜ぶ笑顔です」 稲川素子さんインタビュー〔2016年7月掲載〕

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専業主婦から一転、50歳で外国人タレント事務所を起業――。今や外国人タレントの「日本の母」でもあり、今年82歳にして東京大学大学院博士課程を修了するなどチャレンジを続ける稲川さんに、職場の悩みを乗り越えるための考え方をうかがいました。(「Are You Happy?」2016年7月号掲載)

 

Q1.自分に合った職場を見つけるには?

新入社員研修中に、「自分のイメージと違った」と感じ、すでに転職を考えている友人がいます。自分に合った職場を見つけるにはどうしたらよいでしょうか?(20 代女性・メーカー・東京都)

 
私は、いつも「木の人生を考えて」と話しているんです。

人間は、「ちょっと職場が悪い」と言って、環境を自分の手で良くしようと考えないで、よそにポンと行ってしまうことも多いですよね。

一方、木は、どんな日陰に植えられても、自分で好きなところに移動することはできません。その場に根を張り、水を吸って天に向かって伸び、自分の〝腕”に鳥をとまらせ、巣をつくらせてあげます。こういう「木の人生」を考えてほしいんです。

私の大好きな言葉に「私は幸せ、昔も今もこれからも」という作家・宇野千代さんの言葉があるのですが、「幸せ」というのは、〝なるもの”ではなく、〝感じるもの”です。だって、どんな環境にいても、自分自身が幸せだと感じられなければ、幸せじゃないではありませんか。たとえ、どんなところにいても、幸せを感じる能力というのは磨いていけると思います。

知能指数には差がありますが、人には〝幸せ指数”というものがあると思います。「今日の幸せ指数は200ぐらい!」とか、自分の幸福度はいくらでも変えられるのです。

もし、悪いことが起きたとしても、だいたい99%は、自分のせいです。

例えば、重い荷物を渡されて「なんでこんなものを持たせるの!」と思ったとしても、それは自分の腕力が足りないだけ。男性にお願いすれば、ひょいと持ち上げてくださるでしょ?

生きていく際の三原則は、謙虚・勤勉・忍耐強さ。この最後の「忍耐」が一番大事なんです。

 

Q2.仕事が好きになれず、嫌だなと思ってしまう……。

現在の職場は、1人で作業する時間が長く、人と関わる時間があまりありません。仕事環境に不満を感じてしまいます。(30 代女性・専門職・埼玉県)

 
今年で、起業して31年になります。

事務所設立当時は、人の断る仕事、分の悪い仕事、赤字になる仕事……そんな仕事しか来ませんでした。そういう「人がやりたくない仕事」というのは、いっぱいあります。役者でも、「殺人をする役はイヤだ!」という人がいましたよ。

以前、映画「月はどっちに出ている」(1993年・崔洋一監督)で、うちの事務所所属のルビー・モレノという女優が主演女優賞などを多数取りましたが、実は、もともと配役に決まっていたのは別の女性でした。その映画には裸のシーンがあり、予定していた役者の方は「私は裸にはならない!」と嫌がったのです。そこに「私がやります!」と手をあげたのがルビーでした。

だから、「嫌な仕事」と思わないことです。どんな仕事でも、仕事は仕事。普通、役者であれば、泥棒の役、殺人の役、何でもやりますよね。それと同じ心境が大事です。

もちろん、私自身、とんでもない仕事をやらなければいけないときもありました。最初は、「うわぁー、この仕事は大変よ!」と思うものですが(笑)、次の瞬間には「じゃあ、一体どうやってやる?」と具体的に考え始めるんです。

「嫌な仕事はせず、いい仕事だけを選んでやればいいじゃない」と思うかもしれませんが、そんなことはできないですね。一つ仕事を断ったら、その仕事は他の会社にいく。これは当たり前のことです。

私は、今まで仕事をお断りしたことは一度もありません。人の喜ばれるお顔、笑顔が見たいから、一生懸命にやるんです。それが仕事の原動力です。

 

Q3.価値観が合わない人との付き合い方とは?

職場の後輩の女性が、頻繁(ひんぱん)に無断欠勤します。電話にも出ないため、心配して家まで様子を見に行くと、体調が悪くて起きられなかったとのこと。せめて連絡くらいするのが普通の社会人の価値観だと思うのですが……。(40 代女性・サービス業・長野県))

 
私の会社は、肌の色、言葉、生活習慣、価値観、全部違う人たちの集合体です。一言で言えば、〝世界の縮図(しゅくず)”のような会社。事務所のスタッフは皆、それぞれが生まれ育った国の主義主張があります。

彼らは、何か問題があるとすぐ「ロイヤー!(弁護士!)」と叫びます(笑)。各自の「独自性」を直してもらおうと思っても無理なんです。だから、その独自性を認め合うことです。

例えば、花の色を紅白に咲き分ける「源平桃(げんぺいもも)」という植物があります。赤い花は赤、白い花は白でそれぞれ咲さ
いていますが、一本の木に、二種類の花が共生しています。こういう〝異文化”と〝共生”していくということ。白は白としての価値を、赤は赤としての価値を認めて、お互いの独自性を認めあって共生していくことです。そうでないと一緒に仕事をすることは難しいですね。

日本のように、価値観の同じ人間だけで会議をしたら、すぐにまとまることでしょう。しかし、そこから新しいエネルギーや、クリエイティブな発想は、起きにくいものです。

例えば、ベルサイユ宮殿の池の鯉が、非常にきれいな状態でいられるのは、カワカマスという少し獰猛(どうもう)なお魚を同じ池に入れているおかげで、鯉が常に緊張しているからなんだそうです。

そういうふうに、私たち日本人も異文化にぶち当たって、〝ショック”を受けることが大事だと思います。

また、人間一人の智慧には、どうしても限界があります。やはり、いろいろな人の衆知(しゅうち)を集めることは最大の智慧だと思うのです。うちは世界の縮図のような事務所で、一人ひとりの価値観が異なるために喧嘩になるようなこともありますが、私は、世界の知識を集約できる、大変幸せな社長だと思っています。

価値観の異なる人との付き合い方について、私なりにまとめると、「時々は異文化にぶち当たってショックを受けること」「衆知を集めることは最大の智慧だと心得ること」「お互いの独自性を認めあうこと」の3つです。

たとえ、人と比べて自分が劣っていても、生まれつきの差はあるものなので、恥ずかしいことではありません。しかし、1年前や1カ月前の自分と、今の自分を比べて劣っていたら、ものすごく恥ずかしいことだと思います。

やはり、一日生き延びていられるなら、一歩前進して、自分を磨くこと。そういう方向に自分の思考時間を持っていくことが大事ですよね。

著書に「精一杯は万策(ばんさく)に勝さる」と書きましたが、何事も精一杯やるしかありません。だから、タイトルが『一途、ひたすら、精一杯』なんです。私の人生にはこれしかない、と思っています。

 
(「Are You Happy?」2016年7月号)

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株式会社 稲川素子事務所 代表

1934年生まれ。ピアニストの長女が出演したテレビドラマの現場に立ち会った際、外国人出演者を紹介したことがきっかけとなり、外国人紹介の依頼が口コミで殺到。1985年に稲川素子事務所を設立する。現在、事務所は142カ国、5300名の外国人が登録する業界大手に成長。仕事の傍ら、慶應義塾大学に再入学、70歳で卒業。河口湖オルゴールの森美術館館長、国連UNHCR協会理事、公益財団法人日本ボールルームダンス連盟会長、国際知識普及協会代表理事、日本・ロシア協会常任理事なども務めながら、今年、東京大学大学院の博士課程を修了した。著書に『一途、ひたすら、精一杯』『ハローキティとモコちゃんの世界45カ国のありがとう』(講談社)がある。